しっぽや2(ニャン)

□幸福の在り処(ありか)
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side〈MINANO〉

午後の捜索が長引いてしまい、明戸と一緒にしっぽや事務所に戻ったときには業務終了時間間際であった。
「お帰り皆野、今回は手間取ったみたいですね」
事務所のソファーに座る長瀞が、そう声をかけてきた。
「ただいま、長瀞
 今回は今日中に探し出せないかと思いましたよ」
私はため息混じりに答えた。
「迷子になった途中で犬に追われてパニクったらしくて、思ったより遠くに行っちゃってたんだよな
 想念辿れないし、近場に猫も居なかったから情報も貰えなくてさ」
明戸が肩を竦めて見せる。
「でも、親切なコーギーが情報をくださったので発見できました
 最近は猫と一緒に暮らす犬が増えたので、私たちに友好的な方も多く助かります」
私が微笑んでみせると長瀞も『そうですね』と頷いた。

「うーん、やっぱ俺じゃ細かいとこがよくわかんないよ」
長瀞の隣に座っていた日野が首を捻る。
白久と荒木の姿が見えないので、2人は先に上がったようであった。
長瀞はペンとメモ帳を手にし、日野に何かを聞いていた。
私がそれに視線を向けると
「以前、ハロウィンパーティーの時に日野様のお婆様にお裾分けいただいたカボチャの煮物が美味しかったので、作り方を教わっているのです
 挽き肉あんが絶品で」
長瀞はそう説明してくれた。
「カボチャの煮物…」
あのお方は、小豆と一緒にカボチャを煮るのが好きだったな、と私は懐かしく思い出した。
「よかったら、私にも教えてください」
『人間の年輩の女性が作るカボチャの煮物』に興味のわいた私が聞くと、日野は考え込んだ。
 
「2人とも、今日これから時間ある?
 よかったら家に来て、婆ちゃんに直接聞いてみて
 その方が早いし正確だよ」
笑顔を見せる日野に
「よろしいのですか?」
私は少し驚いて問いかけた。
日野とは今まであまり会話を交わしたことが無かったので、家に招待して貰えるなんて思ってもみなかったのだ。
「うん、婆ちゃん誰かに料理教えるの好きだから喜ぶよ
 長瀞も皆野もイケメンだから、張り切っちゃうんじゃないかな
 『若い人も煮物なんて食べるのね〜』なんてさ」
日野は悪戯っぽく笑ってみせた。
「行ってきなよ、俺は中川先生に自伝を添削してもらうから、夕飯は向こうで一緒に食べるかな
 他にも色々習ってきて、今度作って」
明戸にも笑顔で後押しされた私は
「それでは、お言葉に甘えて伺わせていただきます」
日野に頭を下げた。

「…君たち、日野の家に行くんだ…」
黒谷が全身から『羨ましい』というオーラを発し、私と長瀞を見つめていた。
「あ、黒谷も来る?」
日野が慌てて問いかけると
「でも、大勢で押し掛けるとご迷惑じゃ…」
黒谷は上目遣いで伺うように日野を見る。
「黒谷に頼みたいことがあるんだ
 こないだ来てくれたときに頼めばよかったね、って婆ちゃんと話しててさ
 家の用事、やってもらえるかな」
日野に言われた黒谷は
「僕に出来る仕事があるのですね!
 喜んでやらせていただきます!」
張り切ってそう答えていた。


事務所の後片づけを終え、私達は連れだって駅に向かう。
日野の家はしっぽや最寄り駅から数駅先にあった。
日野が電話して聞いておいてくれたので、料理に使えそうな食材を途中のスーパーで買い足した。
影森マンションとは違いエントランスのないマンションにそのまま入り、エレベーターで上がっていく。
日野はチャイムも押さず鍵を使ってそのままドアを開けた。
「ただいまー、お客さん連れてきたよ」
家の奥に向かってそう声をかけると
「どうぞ、上がって
 スリッパは、そこのやつ適当に使って良いから」
私達に向かい笑顔で手招きする。

あのお方と暮らした家以外、人間の住む家に入ったことのない私は、生活感のあるその空間にドキドキした。
下駄箱の上に置いてある木彫りの熊の置物、壁に掛かっている鏡、一輪挿しの花瓶の下には手編みらしきレースが敷かれていた。
間取りは全く違うものの、そんな細々としたところがあのお方と共に過ごした家を思い起こさせる。
「いらっしゃいませ
 あらまあ、皆、イケメンね〜」
家の奥から笑顔で私達を迎えてくれた女性を見て、私は愕然とした。
『亡くなる直前の、あのお方と同じ年頃の方?!』
それは『お婆さん』と呼ぶにはまだ早過ぎる容姿であっのだ。
私は思わず
「日野、お婆様だと言っていたじゃないですか」
確認するようにそう問いかけてしまった。
「え、うん、俺の婆ちゃんだけど?」
日野は戸惑ったようにそう答えた。

「今晩は、私は長瀞と申します
 今日は秘伝レシピのご教示、よろしくお願いいたします」
長瀞が頭を下げるので
「初めまして、私は皆野と申します
 いきなり押し掛けてすいません、よろしくお願いいたします」
私も慌てて頭を下げた。
「まあ、ご丁寧にありがとう
 こちらこそよろしくね
 でも秘伝レシピなんて大層なものじゃないわよ」
お婆様は優しく微笑んでくれた。
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