しっぽや2(ニャン)

□捜索依頼〈カシス〉
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「ここが俺の家です、玄関先で逃げちゃって裏手の方に回っていきました」
家に着くと、俺は逃げた経路を指さしてみる。
「ふむ、子猫の気配は無いね」
明戸が家の裏手を確認して戻ってきた。
「ケージに入れる前に、どこに連れて行くかカシス君に説明しましたか?」
皆野にそんな事を聞かれ
「あの、いきなりケージに入れちゃいました…」
俺は少しバツの悪い思いで答えた。
「せっかく愛する飼い主が帰ってきたから遊んでもらおうとしたのに、いきなりケージに閉じこめられれば、そりゃパニクるわな」
明戸がため息を付く。
「え…ちゃんと説明した方が良かったの?」
オロオロと聞く俺に
「『病院に行って注射を打たれる』なんて聞いたら、絶対ケージに入りたくないと思いますね」
皆野がクスリと笑った。

「じゃあ、どうすれば…」
俺はそうとう困った顔をしていたのだろう、明戸がカラカラ笑いながら
「悪い、悪い、どっちにしろ俺達猫は閉じこめられるの嫌いなんだよ
 でもな、訳も分からず閉じこめられるのは本当に怖いんだ
 子猫だったら何が起こるか全く予想できないし、尚更だな
 俺も初めてケージに入れられて車に乗せられたときは『このまま死ぬのか』と思ったぜ
 もっともあの時は、疲れてたからすぐ寝ちゃったけどさ」
そんな事を教えてくれた。
「せめて、危害を加えようとしてやっているのではない事を説明してもらえれば、不安も和らぎますよ」
皆野が苦笑して説明してくれる。
「そっか、カシスに悪いことしちゃったな…」
ショゲる俺に
「大丈夫、そんな遠くには行ってないハズだから、俺達がすぐに見つけてやるって」
明戸がウインクした。
「私達は2人なら、長瀞に引けをとりませんので」
皆野が少し誇らしげに告げた。

それから2人は捜索を開始した。
「カシス君、黒猫の長毛種ですね」
皆野が確認するように聞いてくる。
「はい、ミックスだからハッキリしないけど、前に飼ってたクロスケより毛が長いんです
 今は3ヶ月過ぎぐらいだと思います
 7月に波久礼が保護したとき、1ヶ月前後って感じだったから
 体重はこないだ計ったら1、5kgでした」
俺の説明に
「え?波久礼が保護した子なのか?
 そりゃ、早く探してあげないと!
 後で波久礼に報告して、誉めてもらおうっと」
明戸が明るい笑顔を見せた。
「波久礼、次はいつ顔を出してくれますかねー」
皆野も笑顔になる。
それを見て『最近の波久礼は猫の化生を侍(はべ)らせたハーレムキングだ』とゲンさんがボヤいていたのを思い出した。

「じゃ、俺が回るから皆野は起点にいて」
「はい」
2人がキビキビと作業を開始するのを、俺は所在なく見ているしかなかった。
明戸が家から出て行くと、皆野は玄関先に佇んで虚空を見ていた。
時々何かを聞いているように耳を傾げ、視線を巡らせる。
しかし俺には彼が何を聞いて、何を見ているのかわからなかった。
「あ…」
十数分は佇んでいたであろう皆野が、微かに声を上げる。
「キャッチした、多分この子がカシス君です」
皆野は囁くと、また黙り込んでしまった。
俺は邪魔をしてはいけないと思い、固唾を飲んで皆野を見つめる。
それからさらに十数分経っただろうか、皆野がフッと笑って
「任務完了、5分もすれば明戸がカシス君を連れてきますよ」
優しくそう言ってくれた。
あまりにも呆気ない捜索に
「もう見つかったの?」
俺は驚きの声を上げてしまった。
「逃げてから捜索開始までの時間が短かったのが幸いしました
 カシス君、やはり近場で固まってましたよ
 お家に帰りたがってたので、すんなり明戸に捕まってくれました」
微笑む皆野に
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。

皆野の言葉通り、5分とかからずカシスを抱いた明戸が戻ってくる。
カシスはブルブル震えていた。
「ほら、お家に着いたぞ、荒木が心配してるだろ
 もう勝手に外に出たらダメだからな」
明戸にカシスを手渡され
「ごめん、ごめんなカシス、怖かったか?」
俺はまだ小さな体を抱きしめた。
それから以前白久に言われたことを思い出し
「ごめんじゃないか、カシス、愛してる
 帰ってきてくれてありがとう
 カシス、大好き、大好き」
そう言って、カシスの頭にキスをする。
すぐにカシスの震えが治まり、俺にベッタリと身を寄せてきた。
明戸と皆野は顔を見合わせ満足そうに頷くと
「荒木って、良い奴だ」
「白久が選ぶのも頷けます」
同じ顔で華やかに笑った。

「ま、こいつにとっちゃ『帰ってこれてめでたしめでたし』って訳にはいかないけどな
 まだ病院、間に合うだろ?」
明戸の言葉に、俺はハッとする。
「今、6時半過ぎです
 病院はここから遠いのですか」
皆野が確認するように聞いてきた。
「家のすぐ近所、10分かからないとこにあるからまだ間に合うよ」
意気込む俺に
「んじゃ、せっかくだし病院までお供するか
 カシス、初注射だ、おっかないぜー」
明戸がカラカラと笑った。
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