しっぽや2(ニャン)

□捜索依頼〈カシス〉
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side〈ARAKI〉

今日はしっぽやのバイトの日ではないけれど、俺は授業が終わると一目散に家に帰った。
「財布の中身確認、現金良し!診察券良し!
 予約時間確認!4時半
 後30分!」
制服から着替える時間も惜しんで一通り確認すると、俺はペットケージを取り出した。
今日はカシスのワクチン接種の日なのだ。
「最大の難関は…すんなりカシスがここに入るか、だな」
俺は緊張しながら自分の部屋のドアを開けた。
「カシス、カシス〜」
文字通り『猫なで声』で優しく名前を呼んで、カシスの姿を探してみる。
「ミィ!ンルルルルル!」
本棚の上に設置してある猫ベッドからカシスが顔を出し、嬉しそうな鳴き声を上げて降りてきた。
「ただいまカシス、良い子にしてたか?」
いつものように声をかけながら抱き上げて、俺はそのままカシスをケージの中に入れる。
「捕獲成功!予約時間まで後25分!
 いやークロスケの時と違って楽勝だ、子猫ってチョロイ!」
俺はケージを抱えて機嫌良く階段を下りた。
「ちょっと早いけど、もう出るか」
ケージの中ではパニクったカシスがガタガタ暴れていたが、俺はそれを無視して玄関から外に出る。
ケージを足下に置き鍵をかけている時
ガターン!!
子猫とは思えぬ力でカシスが思いっきり暴れたので、ケージが横倒しになってしまった。
クロスケの時から使っている年季の入ったケージは鍵が緩くなっていたため、弾みで扉が開いてしまう。
カシスはここが外であることにも気付かず、そのまま家の裏手に走り去って行った。

「え…ちょ…カシス…?
 カシスー!」
慌てて呼んでみても、既にカシスの姿はない。
カシスの消えた家の裏手に回ってみても、その姿はどこにも見えなかった。
今度は俺が、激しくパニクる番だった。
「カシス?どこいったんだ?カシス!カシスー!」
どれだけ呼んでも鳴き声一つ返ってこない。
『どうしよう、どうしよう!』
動揺していた俺は、自分のバイト先のことを思い出せなかった。
とにかく病院に連絡して指示を仰ぐと
『7時まで待っててあげるから、もしみつかったら連れてきてください』
と言われた。
『落ち着け俺、動物病院の先生だって、猫がどこに隠れてるかなんてわかるわけないって』
そう考えて少し冷静さを取り戻した俺は
『…プロに頼めばいいんじゃん』
やっとそのことに思い至った。

しっぽや事務所に電話をかけると
「はい、ペット探偵しっぽやです」
黒谷がすぐに電話に出てくれた。
「誰か、誰かいない?」
焦りまくっていた俺は、いきなりそんなことを聞いてしまった。
「ん?その声は荒木?今日はバイトの日じゃないよね?
 シロは今ちょっと出てるんだ、直接電話してみたら?」
黒谷がのんきな声で話しかけてくる。
「白久より、手の空いてる猫の人居ない?
 カシスが逃げちゃったんだよ」
俺が泣きつくと
「あらら、長瀞と羽生は出ちゃってるんだ
 でも双子がいるよ、彼らだって優秀で2人なら長瀞に引けをとらないからね
 会ったことあるだろ?」
黒谷が明るく答えてくれた。
「うん、見たことあるし名前は白久に教えてもらった
 すぐにこっちに来てもらって良い?
 7時までにみつかれば、ワクチン接種に間に合うんだ」
「おおっと、時間制限付きか、腕の見せどころだねぇ
 じゃ、2人を荒木の家の最寄り駅まで行かせるから迎えに行ってあげて」
黒谷の言葉をありがたく思いながら
「はい!」
そう返事をして、駅に向かった。

暫く待っていると、同じ顔、同じ服の2人組が改札から出てくるのが見えた。
黒い髪、黒いスーツに白いシャツ。
化生としては目立つ色合いではないが、全く同じ顔(しかも煌びやかな美形)が2つ並んでいるのでやはり目立っていた。
ネクタイの色だけが違う2人に
「お世話になります、えっと…」
どっちの色がどっちだっけ、と俺は悩んでしまう。
「やあ、どうも、青が明戸(あけと)で緑が皆野(みなの)
 覚えやすいだろ?
 生前、あのお方が名前にかけて、首輪の色を分けてくれたんだ」
青いネクタイの明戸が朗らかに話しかけてくる。
「その時の名前は『あーにゃん』と『みーにゃん』でしたけどね」
緑のネクタイの皆野が、おっとりと後を続けた。

「野上 荒木です、よろしくお願いします」
頭を下げる俺に
「荒木、白久の飼い主だね
 白久にはいつもお世話になってるから、頑張っちゃうぜぃ!
 俺達のことは明戸と皆野で良いから、俺達も君のこと荒木って呼ぶよ」
明戸が悪戯っぽく笑って見せた。
「黒谷が『時間制限がある』と言っていました
 ご希望に添えるよう、尽力いたします」
皆野が優しく微笑んでくれる。
俺はそんな2人を頼もしく感じながら、家までの道すがら今までの経緯をざっと説明した。
「7時まで後1時間ちょいってとこか」
明戸が腕時計を確認すると
「挟み撃ちが早いですかねぇ、子猫ならそんなに遠くにいってないでしょうし」
皆野は腕を組んで考え込んだ。
「だな」
明戸がニッコリ笑って頷いた。
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