しっぽや2(ニャン)

□いつまでも2人で
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姿を見られてから、カリカリの粒は小さいものに変わったが、味が前より良くなった。
急に襲ってこられない距離を保ちながら、お父さんとお母さんがカリカリを白いもの(お椀と言うようだ)に入れてくれるのを待つのは楽しい気分に感じられ、俺は自分の感覚に驚いた。
「ドッグフードより、キャットフードの方が美味しいでしょ?」
お母さんがそう言って笑う。
「今日は良いもの作ってきてやったぞ
 もうすぐ寒くなるからな」
お父さんが何か大きな物を持って俺達に近付いてきたので、俺達は慌ててそこから離れ、木の上に避難する。
お父さんは枯れ枝や大きい物を組み合わせ、何かを作っていた。
「ほら、この中で寝れば少しは暖かいだろ
 毛布も入れてあるからな
 怖いもんじゃない、大丈夫だから降りておいで」
そう言われても、俺達は2人の姿が消えるまで木の上から降りなかった。
2人の姿が消えると、俺達はカリカリを食べに行く。
『何を作ってたのかな』
『見てみる?』
腹が満たされた俺達は、恐る恐るそれに近付いた。
それは組み合わされた枝で固定された、木で出来た箱だった。
森でたまに見かけた小鳥の巣箱に似ている。
穴から中をのぞくと、フワフワした物が入っている。
中に入ってそれを踏むと、母親の記憶がよみがえってきた。
『これ、母さんみたいだぞ』
俺が言うと皆野も箱に入り
『気持ちいい』
うっとりと、フワフワを揉み始める。
俺も真似して揉んでみると、母親と過ごした木のウロの記憶が思い起こされた。
ひとしきりフワフワを揉んだ俺達は、箱の中で寄り添いながらいつもより暖かい眠りを楽しんだのだった。

山はどんどん寒さを増していたが、俺にはフワフワと皆野がいる。
カリカリと水も、お父さんとお母さんが持ってきてくれる。
お腹を空かして皆野とさまよっていた頃に比べると、天国のような暮らしだった。
このままの暮らしが続いてくれると、俺も皆野も思っていた。
そんな時、そいつはやってきた。
人間の匂いが濃いこの辺りに、他の獣はめったに近付いて来ない。
しかしカリカリの匂いにつられたのか、若い狐が姿を現したのだ。
俺も皆野も、即座に臨戦態勢に入る。
俺達はカリカリのおかげで、以前より大きくなっていた。
しかし、そんな俺達より狐の方が大きかった。
挟み撃ちにして何とか撃退しようと試みるものの、相手は素早くそれをかわす。
相手の狙いは、俺より小さな皆野にしぼられていった。

『ミギャン!』

相手の牙が皆野を傷つけた。
前足から血を滴らせた皆野は、その場にうずくまってしまう。
さらに皆野に襲いかかろうとする狐の背中に、俺は飛び乗った。
思いっきり爪を立てたが、毛が抜けるばかりであまりダメージを与えられなかった。
絶望的な状況の中

ブロロロロ

お父さんとお母さんが来るときに聞こえる獣の声が聞こえてきた。
狐は慌てて森の中へと消えていく。
しかし、皆野はうずくまったまま動けない。
俺は、皆野の側をウロウロと歩き回ることしか出来なかった。
俺の動きがおかしいことに気が付いたのか、お父さんとお母さんがこちらに向かい走ってくる。
俺はすでに2人のことが嫌いではなかったけれど、側に来られるのはやっぱり怖かった。
『逃げなきゃ、走って!』
『痛いよう、痛いよう』
皆野はパニックをおこし、泣き叫ぶばかりだった。
「あれあれ猫ちゃん、どうしたの、喧嘩したのかい?」
「こりゃ狐の毛だ、狐に襲われたんだな」
「大変、怪我してるわ、手当しないと」
お母さんが皆野を抱き上げる。
「ほら、おまえもおいで、怪我はしとらんか?」
お父さんが俺に手を伸ばす。
俺は恐怖にかられ、その場から逃走した。
「ミィー、ミィィー!」
皆野の鳴き声を耳に残しながら、俺はどこまでもどこまでも駆けて行ったのだ。


森の奥深くで我に返った俺は皆野を呼んでみる。
いつも俺の後を付いてくる皆野の姿は、どこにもなかった。
日が暮れて、一気に辺りが冷えこんでくる。
皆野を探して明け方までさまよったが、皆野の姿はどこにもない。
俺はその日生まれて初めて、皆野無しで眠らなければならなかった。
とても寒くて、このまま凍えてしまいそうだった。

嫌な記憶のある土盛りの場所には帰りたくなくて、俺は暫く森の中を転々としていた。
狐や野犬に襲われて、命辛々逃げ出したことも何度もあった。
水も獲物も何日も口に出来ないこともあった。
それでも俺は生き延びて、皆野を探し続けていた。
やがて山に白い物が舞い始める。
それはとても冷たくて、俺の体力をどんどん奪ってゆくもののようであった。
『せめてあのフワフワと寝たい』
そう思った俺は、あの場所に戻ることに決めた。
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