しっぽや2(ニャン)

□いつまでも2人で
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side〈AKETO〉

あのお方は生前『自伝』という物を出版してみたい、と言っていた。
『俺の人生なんてきっと、お前達の人生に比べたらドラマチックじゃないけどな』
そう言って、膝の上にいる俺を優しく撫でてくれたのだ。
あのお方の叶わなかった夢を、俺は叶えてあげたい。
しかし、あのお方の人生を語るには俺はあのお方の事を知らなすぎた。
ならばせめて、俺の来た道を書き綴ってみたいと思う。
俺が、俺達があの場所をどれだけ愛していたか。
あのお方達をどれだけ愛していたか。
そして、ちっぽけな猫にすぎない俺達を、あのお方達がどれだけ愛してくれたか、今でも鮮明に思い出せる。

俺は名は『明戸(あけと)』、双子の兄弟の名は『皆野(みなの)』。
俺達はしっぽやに所属する猫の化生である。




俺達が生まれたのは山の中だった。
深い森の中、俺達の母親は木のウロをねぐらにし、俺達を育てていた。
その頃は皆野以外にも兄弟がいた。
俺達は母親が狩りに行っている間、寄り添って暖をとっていた。
目が開いてからは少しずつウロから出て、辺りを探検してみたりもしたのだ。
兄弟の中では俺が一番大きくて、皆野は一番チビだった。

母親に狩りの仕方を教わって、一番最初にバッタを捕まえられるようになったのは俺だった。
森の中はいろんな生き物で溢れていて、俺達は退屈することを知らずどんどん探検の場所を広げていった。
『私たち家族以外を信用してはダメ
 私たちより大きな生き物、特に人間に近づいてはだめ』
母親は厳しくそんなことを言っていた。
でも俺達は母親より大きな生き物など見たことはない。
ウロの回りは虫や小鳥、ネズミが沢山いる格好の遊び場でしかなく、母親が何を警戒しているのかわからなかった。

奴は不意にやってきた。
『ケエーーーーン』
夜中に身が竦むような鳴き声が聞こえてきた。
虫や小鳥の物とは違う、不吉な声が夜の静寂を切り裂いた。
母親が緊張するのがわかった。
『ケエーーーーン』
再度聞こえてきた鳴き声を聞いて、俺は体が震え出していた。
この時、俺は初めて『怖い』という感覚を味わったのだ。
『ウアーーーウオ』
母親が怒りに燃える声で鳴き声に答えた。
『皆、逃げなさい
 高いところに行くの
 狐は木に登れないから』
母親はそう言うとウロから飛び出し、闇に消えていった。

俺達もウロから飛び出すと、木によじ登り始めた。
闇の向こうから母親の怒声と怪物の鳴き声が聞こえてくる。
俺達は必死で木にしがみつき、少しでも高い場所に逃げようとした。
『ミギャッ』
兄弟が悲鳴を上げていたが、何が起こっているか確認する余裕は無かった。
俺達は木の股で寄り添いあい、震えることしか出来なかった。
辺りに静寂が戻り血の臭いが立ちこめても、俺達にはどうすることも出来なかったのだ。
やがて辺りが明るくなり、小鳥が喧しくさえずり始める。
木の股には俺と皆野ともう1匹の兄弟しかいなかった。
母親も、ほかの兄弟達もいない。
心細くて何度も母親を呼んで泣いたが、返事は返ってこなかった。
俺達は3匹だけで生きることになった。

『ここにいると、また怪物がくるかも』
『でも母さんが戻ってくるかも』
俺達はどうしたらいいのかわからず、丸1日、木の股で過ごしていた。
しかし、喉が乾き、空腹は耐え難いものになっていく。
意を決して木から降り、俺達は森の中をさまよった。
どこに行っても母親も、他の兄弟達も見つけることは出来なかった。

俺達は虫や小ネズミを何とか捕まえ、夜露をすすって生きていた。
運が良いと、鳥の死体というごちそうにもありつけた。
『もっと大きい鳥が死んでればいいのにね』
俺達はそんな事を考えていた。

『やった、ごちそうだよ!』
カラスの死骸を見つけた兄弟が、嬉しそうに走り寄っていく。
『待て、完全に死んでるか確認するんだ』
以前、死にかけたカラスにつつかれて痛い目をみていた俺は警戒する。
皆野も俺に習って、死骸に近寄らなかった。
『ガアーーーー!』
あっという間だった。
疾風のように舞い降りてきた1羽のカラスが、兄弟を太いクチバシで突っついた。
『ミギャッ!』
悲鳴を上げる兄弟を助けたかったが、次々とカラスが舞い降りてきて兄弟にクチバシを立て始めた。
気が付けば回りの木には複数のカラスが止まっている。
カラスが群で行動することを、俺はこの時初めて知った。
俺と皆野は命辛々逃げ出せたが、もう1匹の兄弟は俺達を追ってきてはくれなかった。


『俺達、2匹になっちゃったな』
『うん』
『お前は小さくて弱いんだから、俺から離れちゃだめだぞ』
『うん』
日が沈むととたんに冷えてくる山の中、俺達はいつも寄り添いあって暖をとり身を寄せ合って生きていた。
『一緒にいると暖かいな』
『うん、暖かいね』
『お前がいて良かった』
『うん、一人じゃなくて良かった』
兄弟が多かったときはもっと暖かかった。
でも、一人だったらどんなにか寒かったであろう。
俺達が2人で居られたことは、幸せだったのだ。
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