しっぽや2(ニャン)

□捜索依頼〈マリ〉
2ページ/7ページ

事務所が入っているビルの外に出て、傘に当たる雨の音を聞きながら
「大野様、どちらに向かえばよろしいでしょうか」
私はそう問いかける。
「家はこっから電車で4駅離れてるんだけどさ、多分、こっちの方にいると思うんだよねー
 俺様の鋭い勘、ってやつでビビっとくんのよ
 あ、さっきのオッサン、俺様の事『丸坊主』とかダセー呼び方してたけど、これ『スキンヘッド』っつーんだから、そこんとこヨロシク
 こーゆー芸能人いるだろ?
 ま、ちょっと憧れてて真似してるっつーかさ
 別に俺様の毛が薄いから剃ってる、って訳じゃねーかんな」
相手は聞いてもいない事をベラベラとしゃべり始めた。
私はそれを無視して
「お探しの猫は長毛種との事でしたね
 猫種や毛色、居なくなった時の状況を教えてください」
と、事務的な事を尋ねた。

「うちの猫はヒマラヤンっつー種類の、それはそれは可愛いお姫様みたいな子なんだぜ
 血統書付き!お高いの!
 名前は『マリ』ちゃん
 マリー・アントワネットからもらったんだ
 カリカリが無ければ、缶詰めを食べれば良いのに〜ってやつよ」
この人間は、本当に無駄な事ばかりよくしゃべる。
私は少しイライラしてきたが、それを顔に出さず
「居なくなった時の状況はどのようなものですか?」
努めて冷静に問いかけた。
「いや今朝、学校行こうと思ってドア開けたら、一緒に出ちゃってさ…
 まさか雨の中、外に出て行くとは思わなかったから、油断しちまった
 わがままで気紛れなのも、お姫様みたいなんだけどよ
 流石に家出は、シャレになんねーな」
相手は子供のように頬を膨らませる。

「家出される原因に、お心当たりはございませんか?」
私が少し意地悪な事を聞くと
「………
 マリちゃん、新入りだから居心地悪かったのかな…
 前からいる子と、同じ様に可愛がってたつもりなのに
 あ、うち、マリちゃんの他にもチンチラシルバーと、ペルシャのクリームとキャリコがいるんだ
 みんな血統書付き!」
相手は自慢気な顔になるが、私は血統書という紙切れで猫の優劣を決める行為が嫌いだった。

「ずいぶん羽振りがよろしいご家庭ですね」
嫌味を込めてそう言うと
「まーね、うち、不動産屋なの
 俺様はちょっとした『お坊ちゃま』ってとこ
 親父、バブルんときガッツリ稼いでたからさ〜
 今は弾けちゃったけど、大損する前に大きい取引から手を引いてたから被害被って無いんだな、これが
 つか、こんな雨の日に、お綺麗な服着た、お綺麗な人を外に引っ張り出しちゃって悪かったね」
相手もさり気なく嫌味を込めた言葉を返してくる。
「仕事ですから」
私は素っ気なく言い返す。
服なんて洗えば済む事なのに、人間と言うのは変なところにこだわりたがる。

とにかく、状況は飲み込めた。
猫は本来遠出をしないが、飼い主がこの辺に来ている、と言うのであれば何の根拠もない話とも考えられない。
無意識のうちに猫とつながりあって、何かを感じ取っていることもあるだろう。
いつもなら失踪現場の近くで道行く猫に尋ねるのであるが、今日の雨では外を歩いている猫を見つける事は難しい。
飼い主の言葉を信じ、この辺で途方に暮れている猫の想念を探した方が早そうだ。
人間の側では気が散るのでやりたくないが、そうも言っていられないため、私は歩きながら猫の想念を読み取ろうと集中し始める。
回りの騒音が遠ざかり、この近辺にいる猫達の意識の海を覗き見る。

私と同じ長毛種猫の意識の海とは、繋がりやすいのだ。
雨の日特有の気怠い凪いだ海、皆、雨の音を聞きながらウトウトとしている気配が伝わってくる。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ