しっぽや2(ニャン)

□捜索依頼〈マリ〉
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side〈NAGATORO〉

私の職場である『ペット探偵しっぽや』に続く階段を、誰かが上がってくる足音が聞こえる。
依頼人が来たのであろうか。
しかしそぼ降る雨のせいで、今日の私は気分が沈み込んでいた。
だいたい、雨の日の猫は眠いと決まっているのだ。
他の猫達も気怠げな顔をしている。
今日はこのまま、所員控え室でダラダラとお茶を飲むことに、私は決めていた。
化生(けしょう)し、人の役に立ちたいとは思うものの、飼って欲しいと思えるような人物には長らく巡り会えないのも、気分が浮き立ってこない原因であった。
飼い主を見つけた者の話によれば『気配を感じた瞬間、この方だと思った!』という事であるらしいが、本当にそんな曖昧な直感でわかるものなのか、私は疑問に思っている。
もっとじっくり相手と向き合って『真に飼い主たるべき存在なのか』きちんと吟味する必要があるのではないだろうか?

深くソファーに腰かけ白久(しろく)の淹れてくれたお茶をすすりながら、私は取り留めもなくそんな事を考えていた。
「おい、猫探しだ、誰が出る?
 依頼人は大野 原(おおの げん)、20歳、大学生
 丸坊主にふざけたサングラス、痩せすぎの体型で軽い感じ
 ちなみに猫は長毛種だそうだ」
事務所の応接室から所長の黒谷(くろや)の声が響いてきた。
最後のセリフが決め手となって、他の猫達が私をチラチラと見つめてくる。
チンチラシルバーという長毛猫の化生である私に捜索させようという、黒谷の魂胆が見え見えであった。
依頼人の気配にも風貌にも、何ら心惹かれるものは無かったが、長毛猫が困っているなら助けになりたい、そう考えて私は重い腰を上げる。

「私が参ります」
そう言って扉を開けると、黒谷がニヤニヤ笑いながら
「長瀞(ながとろ)が出てくれるか、ありがとな」
わざとらしく礼を言う。
わざわざ『長毛種』と言ってほとんど私を名指ししたも同然なのに、白々しいことこの上ない。
「初めまして大野様、私は長瀞と申します
 必ずや、お探しの猫を保護いたします」
私は依頼人にはそう言うよう指示されている挨拶を交わし、名刺を手渡そうとした。
しかし相手は、惚けたようにポカンとした顔を向けてくるばかりであった。
私の銀混じりの白髪が珍しいのであろう。
今までにも、こんな反応をする人間には会った事がある。
私は気にせず、話を進める事にした。

「詳しい話をお聞きしたいので、打ち合わせをいたしましょう
 こちらでなさいますか?
 喫茶店等、場所を変えての打ち合わせになりますと、その際の料金はそちらにお支払いいただくシステムになっておりますが、よろしいでしょうか」
私が事務的にそう告げると相手はやっと我に返り
「いや、雨降ってるし、早く探してあげたいんだよね
 今から一緒に出てもらって良いスか?」
ふざけた感じの丸いサングラスの奥から、私を値踏みするような目で見つめてくる。
「かしこまりました」
黒谷は彼を大学生だと言った。
きっとお金が無いのだろうと、私は傘を手にして先にたって歩き出す。
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