しっぽや2(ニャン)

□陽気な隣人
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side〈ARAKI〉

梅雨明け間近の週末、俺(野上 荒木)は学校の帰りにバイト先である『しっぽや』の事務所に向かっていた。
いつもは事務所に着いてから、俺の飼い犬であり恋人でもある白久(しろく)と共に昼ご飯を食べに行くのだが、今日は向こうで用意してくれるらしい。

コンコン

ノックして事務所の扉を開けると、応接セットのソファーに誰か腰掛けているのが見えた。
スキンヘッドに、今時珍しい丸サングラス、ヒョロリと痩せた人だ。
黒谷(くろや)より年上に見えるけどまだ40代にはなっていない感じいで、一応背広を着ているがとても堅気には見えない。
『迫力無いけど、まさか地上げ屋の寄越したチンピラとか?』
と俺が警戒すると
「おー、本当に高校生だ!すげー!
 しかも、何気に美少年じゃん
 どうやってタラシ込んだんだ、白久?」
その人物は所長机の側に立っている白久に、親しげに声をかけた。
「ゲン様、人聞きの悪い…
 まあ、多少強引であったのは認めますが、私と荒木はきちんと想いを通じ合わせて、身も心も結ばれているのでございますよ」
白久はいつものように、誇らしそうにそう言った。
『だから、人前でそーゆーこと言っちゃダメー!』
俺は、後でよく言い聞かせなければ、と心に誓う。

状況が飲み込めず立ち尽くす俺に、スキンヘッドの人物が近づいて来る。
「よっし、少年!社会勉強だ!
 名刺の受け取り方
 はい、右手出して、左手を添えて受け取って
 そうそう、はい、よく出来ましたー」
俺はついその言葉に従って、その人の差し出す名刺を受け取っていた。
名刺には

『大野原(おおのはら)不動産 ×××町支店 支店長
 大野 原(おおの げん)』

そう書かれていた。
それはまるで、冗談のような名前であった。
「あ、それ、ネタじゃなくて本名だからな
 そこんとこ、ヨロシク」
大野さんはビシッと指を立て、俺に向ける。
「親父の名字が大野で、お袋の旧姓が原なのよ
 それを合わせて大野原不動産なんだけど
 子供の名前を原と書いて『げん』って読ませるって、どう思う?
 もし親が離婚してお袋に引き取られたら、俺『原 原』って名前になってたんだぜ?
 子供の名前で遊ぶなっつーの
 『げん』って付けたいならせめて源って書くとかさー、ひねって欲しかった訳よ、俺としては
 で、この格好はあれだ
 あの有名アーティストへのリスペクトって奴で、俺の頭髪が寂しいからではけっしてない」
大野さんは、何だかよくしゃべる人だった。

「あれ、大野原不動産って…」
俺はその店名を見たことがあった。
「そーそー、ここの事務所の1階に入ってる不動産だよーん
 引っ越す予定ある?
 良い物件紹介するから、お父さんによろしくお伝えしてねー」
大野さんはニコニコ笑ってそう言った。
「あっと、俺、名刺とか無くて…」
俺が慌てて言うと
「高校生が名刺作ってどうすんの
 ああ、プリクラ貼ってゲーセンで作った名刺交換とか流行ったねー
 今もあるのかな?」
大野さんは首を捻っているが、俺には何の事だかわからなかった。

「あの、野上 荒木(のがみ あらき)です
 えっと、その…」
俺はチラリと白久を見る。
「白久の飼い主だろ?」
大野さんは俺が言えなかった言葉を、ズバリと口にした。
「高校生飼い主!
 何か『高校生』って付くと、マンガみたいに格好良いよな、『高校生探偵』とかさ
 くそっ、若さが眩しいぜ!
 俺の頭も眩しいって、そーゆー返しは無しだかんな」
俺は混乱して、また白久を見る。
「ゲン様も化生の飼い主なのですよ、荒木」
白久は優しく教えてくれた。
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