しっぽや5(go)

□秋を走る
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参加賞のタオルを持って近戸と遠野の姿を探すと、参加者に振る舞われていた豚汁を食べている2人を発見する。
「お疲れさま、序盤で2人の姿を見失っちゃったよ
 流石は2つの流星・大滝兄弟、一緒に走れて恐悦至極です」
俺が声をかけると
「その恥ずかしい名で呼ぶなって、今回タイムかなり落ちてたんだから
 やっぱ日頃の鍛錬って大事だな」
「俺達より早い人、けっこう居たよ
 実業団の人っぽかったね」
2人は照れながら答えていたが、20位以内の入賞者が貰える梨の小箱を持っていた。

「黒谷、俺達も豚汁もらいに行こう
 オニギリ持ってくれば良かったなー
 でも、オニギリ持ちながら走れないか」
「コンビニがあれば買いに行くのですが、駐車場の方まで戻らないと無さそうですね」
そんな話をしながらテントに向かい、引換券を出して豚汁を受け取った。
それは走り疲れた体に染み渡る美味さだった。


2人の所に戻ると
「連れてきてもらったお礼」
近戸が梨の小箱が入ったビニール袋を手渡してきた。
「でもこれ、近戸の頑張りの成果じゃん
 明戸と食べなよ」
驚く俺に
「もう1箱あるから大丈夫」
遠野が自分が持っている袋を掲げて見せた。
「じゃあ、ありがたく貰っちゃおうかな
 給水所で食べた梨、凄く甘くて美味かったから嬉しいよ」
俺は素直に袋を受け取った。
「あれ、本当に美味かったよなー」
近戸が言うと
「フルーツマラソンってくせになりそう」
遠野も笑顔を見せる。
「またどこか、良さそうな大会探して参加しよう
 2人がいれば、上位入賞品ゲット確実だもんね」
ほくそ笑む俺に
「日野だって、自主練次第で手が届くと思うけどな」
双子は同じ顔で苦笑していた。


高校時代は、漫然と走っていた気がする。
黒谷と走るようになって、同じ道を好きな人と共に走る喜びを得た。
そして今回は、序盤のみとは言え憧れの選手と共に走る栄光を得ていた。
『今はすぐに姿が見えなくなるけど、いつか彼らの背を見ながら走りたい』
そんな目標が出来て、俺は改めて自分が走ることが好きなのだと気が付いた。
逃げるためではなく進むために走りたいと強く思う。
隣に居る黒谷と、未来に向かって共に走りたかった。


「確かに、俺でも上位を狙えるな」
俺は神妙な顔で頷いてみせる。
「黒谷、最後はかなり余力が残ってたよね
 あの状態から大滝兄弟のこと抜ける?」
ニヤリと笑って聞いてみたら
「もちろんです、直ぐに2人に追いついて追い抜いてみせます」
黒谷は誇らかに答えてくれた。
「2人よりちょっと早いくらいなら、そこまで目立たないもんな
 上位入賞品3個、毎回確実にゲットだぜ」
「日野のためなら、いくらでも走りますよ」
鼻息の荒い俺達に
「それズルいって、いくらなんでも犬のスピードと持久力には叶わないから」
「俺達、短距離だと猫にも負けるんだぜ」
2人は呆れた顔になった。
しかし
「でも、黒谷の姿が迫ってきたら少しスピード上げられるようスタミナ配分調整したらどうだろう」
「序盤と終盤に力を裂いて中盤を押さえて体力温存か
 いや、終盤に抜かされることが分かり切ってるなら、こっちもそのタイミングに合わせたペース配分でいけば、あるいは」
呆れ顔ながらも2人は対黒谷戦に向けての作戦を練り初めている。
やはりこの2人も走ることが根っから好きなのだ。

「いやいや、僕の日野への愛の走りは誰にも負けませんからね
 グレーハウンド並のスピードを出して走りましょう」
「それって、犬のトップスプリンター犬種じゃないか」
「バセットハウンドくらいにしといて」
「和犬だって十分早いよ」
爽やかな秋晴れの空の元、俺達は爽やかに騒ぎ笑いあう。
雲の上の憧れの選手は、今は隣にいる仲の良い友達だった。
部活でも仲の良い友達や後輩が居たことを思い出し、彼らとの楽しかった思い出が胸によみがえってきた。
苦い思いもしたけれど、満足のいく走りが出来なかったことも多いけど、それでもあの時代の出来事は俺の胸に確実に刻み込まれていた。

これから新たな思い出を作っていく掛け替えのない仲間に
「じゃあ、車に戻って着替えたら美味いもんでも食いに行くか
 せっかくだから郷土料理的なものが良いよな
 あ、その前にもう一回ここに戻ってきて、あそこの販売所で売ってる梨を5箱買っていこう
 車が大きいと荷物沢山積めて助かる」
俺はテンション高く宣言する。

「ちょ、5箱って土産にしても多くない?」
「え?そのうち2箱は俺と黒谷の分だけど?」
「何だよ、俺があげた1箱、意味ないじゃんか!」
「あれは憧れの選手から貰ったメダルみたいなもんだから、別格ですよ
 大事にいただきます」
「『憧れ』とか言うの、恥ずかしいからマジやめて
 それと、中途半端に敬語入れてくるのも」

駐車場への道すがら、俺は満ち足りた気分でバカな会話を楽しむのだった。


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