しっぽや5(go)

□秋、満喫!
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野坂も伊古田の部屋にお泊まりなので、俺達は全員で影森マンションに帰り着いた。
手分けしてシャインマスカットを運び出す。
「この車だと、荷物沢山置けるから良いね」
「これ、本当はしっぽやで使う車なんだ
 大型犬を保護することも考えて、大きなケージが入るサイズにしたから伊古田が乗っても窮屈じゃないだろ」
「そっか、伊古田とドライブすることを考えたらそれなりのサイズの方がいいか
 もし姫が大きくなっても、ケージ積んでドッグランとか連れていけるし
 あ、姫って家で飼いだした犬の名前
 保護犬でミックスだから、どれだけ大きくなるかわからなくてさ
 もしかしたらボーダーコリーの血が入ってるかもしれないんだ」
野坂のところは家族ぐるみで犬に慣れ親しもうとしていて、伊古田の安住の場として相応しい印象だった。


自分たちの部屋に帰り着き荷物を降ろすと、どっと疲れが襲ってくる。
「今日は運転ご苦労様でした」
ソファーに座り俺を抱きかかえながら、白久が労(ねぎら)いの言葉を掛けてくれる。
せっかくのラブラブなシチュエーションなのに、白久の声がやけに遠く感じられた。
白久の温もり、鼓動、優しく俺の名前を呼ぶ声。
白久と一緒に居られることが嬉しくてしょうがないのに、瞼が自然と下りてしまう。
「少しお休みください、途中で起きられそうなら夜食を作りますよ
 荒木が目覚めるまでお待ちしております
 貴方だけを、待っております」
夢の中なのだろうか、白久がとても嬉しいことを言ってくれた気がする。
「うん」
その返事が白久に届いたのか、夢の中での返事でしかなかったかわからないが、俺はとても満ち足りた気分で意識を手放していた。



緩やかに意識が浮上する。
どれだけ寝ていたのか、もう夜中のようだった。
場所はベッドに替わっていたけれど、まだ白久に抱かれた状態だ。
「お目覚めですか」
寝ていたと思っていた白久に声を掛けられ、驚いた。
「寝てなかったの?」
そう聞くと
「荒木の寝顔があまりにお可愛らしく、ずっと眺めておりました」
ビミョーに危ない返事が返ってくる。
それでも、白久が俺を待っていてくれたことが嬉しかった。

「野坂が伊古田に前の飼い主のこと教えたんだって
 そうしたら伊古田は犬の時は前の飼い主のもので、化生した今は野坂のものだって言ってたらしいよ
 どっちも同じ伊古田なのに、不思議だね
 それで、白久はどんな感じなんだろう…」
寝落ちる前に聞いた言葉が本当かどうか確かめたくて、恐る恐る口にしてしまった。
「伊古田の感覚、わかる気がします
 私は荒木だけの飼い犬で、過去は遠く近しい他者の見る夢のように感じるようになりました
 また、今の私の心を転写してお見せしましょうか」
白久にそう聞かれたが、多分恥ずかしい自分の姿を見ることになりそうだったので止めておいた。
言葉で説明してもらっただけで十分だ。
白久は紛れもなく俺だけの犬だった。


「何か軽く召し上がりますか?」
白久に聞かれ
「卵のお粥食べたい」
俺は思い出のメニューをリクエストした。
「直ぐに用意いたします」
「俺、その間にシャワー浴びてくる」
俺達はベッドを抜け出して各々活動を始めた。
時刻を確認すると思ったより早い時間で、かろうじてまだ『今日』のままだった。

夜食を食べてから事務所に持って行くシャインマスカットをより分けた。
「後、こっちは家の分、こっちは大学に持ってく分
 これは朝食で食べよう
 シャインマスカットの他に、瀬戸ジャイアンツって言うのも大きくて種無しで皮ごと食べられて美味しいって野坂が言ってたな
 聞いたことない品種いっぱい教えてもらったよ、野坂のお母さんって食い道楽だなー
 今回のことで、ちょっとブドウに興味出てきた」
「荒木が来てくださる前日は、スーパーの果物売場をチェックして色々買ってみましょう
 実際に食べ比べてみないことには、正確なところがわかりませんからね」
白久は悪戯っぽそうに笑っていた。

「白久が化生で良かったよ、犬にブドウは御法度だからさ
 野坂のとこも犬が口にしちゃいけない食べ物の管理、徹底させてるって言ってた」
「化生で良かったです、人間の体というものは丈夫ですね
 美味しい物が沢山食べられる」
白久は嬉しそうにクスクス笑った後
「それに、荒木を愛することが出来る」
艶めいた顔で俺を見つめた。
「うん、白久が化生してくれて良かった」
俺はそんな白久に口付けした。


その後はベッドに移動して、空が白んでくるまで白久と繋がりあった。
少し寝て体力が回復していた分をすべて使い果たすよう、何度も激しく繋がったので2人とも気を失うように寝落ちてしまった。

次に目が覚めたとき、日は高く上っていた。
「うわ、大遅刻だ」
時計を見て俺は急激に意識が覚醒する。
「大丈夫ですよ、今日は午後から出るとクロには言ってありますので
 お土産を持って行くのだし、誰も文句は言いません
 多めに買っておいて正解です」
頼もしい愛犬の言葉に
「白久、愛してる、白久が俺の犬で本当に良かったよ」
俺は思わず抱きついて、自分の幸せを噛みしめるのであった。


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