しっぽや5(go)

□続いていく物語
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譲渡会の当日。
伊古田に僕の家まで来てもらい、母の運転する車で会場まで移動した。
伊古田が僕の家に来るのは初めてだけど、僕が教えた通り電車を乗り換えスマホでマップを見て来ることが出来ていた。
マップを見た、と言うよりは僕の気配をたどってきたようだったが、方向音痴の僕よりよっぽど凄かった。

伊古田を見た母は酷く怯えて
「始ちゃん、この人大丈夫なの?貴方、騙されてない?」
小声で何度も聞いてきた。
「彼がイズミ先生のモデルの手伝いする縁で、推薦してもらえたんだって
 凄く優しくて良い人だから大丈夫だよ」
そのたびになだめ賺(すか)して車に押し込み、僕が助手席に座るから、と何とか出発する事が出来た。



譲渡会はうちから車で1時間かからないドッグランを貸し切って行われていた。
受付でイズミ先生からの招待メールを見せて中に入らせてもらう。
伊古田を見た受付の人たちが『凄い』とか『立派』だとか言って、しきりにほめたたえている。
犬好きの人たちの反応を、母親は胡散臭そうな目で見ていた。

会場の中にはまだ犬は居なかった。
開催時間になりイサマミドリ先生が姿を見せると、会場内の母と同年代のオバサマ達から押さえきれない歓声がもれる。
「ほ、本物のイサマミドリ先生」
オバサマ達が、もっと年かさのオバサマに対し頬を染める、という、他では見られないような何ともいえない光景が目の前に広がっていた。
「本日はお越しくださりありがとうございます
 初めて犬を飼う方、今居る子の兄弟を捜しにきた方、亡くされた愛を再び求めにきた方、様々な方がいらっしゃると思います
 この場でご縁が結ばれるのは嬉しいことではありますが『この子だ!』と思う出会いが無ければ、無理に引き取らないようお願いします
 いつか貴女と出会える日を待っている子が必ず居ます
 その子のために場所を空けておいてください
 では、子犬達に登場してもらいます
 何かわからない点がありましたら、私かスタッフまでお声かけください」
ミドリ先生の言葉でスタッフシャツを着た人たちが子犬が入ったケージを次々に持ってきて、会場は子犬達の鳴き声で一気に華やいだ雰囲気に変わっていく。

年輩の夫婦、若い夫婦、子供連れの家族、年かさの親と一緒にいる女性や男性、慣れた様子で子犬を撫でる人、おっかなびっくり子犬を触る子供、いろんな人達が入り乱れている。
僕達はちょっと気後れしてしまい、その輪の中に入れずにいた。


「まあ!凄い立派な子ね、でもちょっと痩せ過ぎかしら
 貴方、イズミちゃんがオブジェモデルに使いたいって言っていた子でしょ
 あの子の服のイメージには合ってるけど、身体、しんどくない?
 長時間同じポーズでいるのって、とても疲れるのよ?」
いきなりミドリ先生に話しかけられて、僕も母親も固まってしまう。
伊古田は他の人より頭2つ分は背が高く、会場内でとても目立っていたので気付かれたのだ。

「昨日練習しました、久那にいっぱい怒られたけど、頑張ります
 だって野坂が見に来てくれるって言うから」
「あ、あの、彼は以前いた場所が劣悪で満足に食事させてもらえなかったんです
 今は少しずつ体重増やして体力付けているので、モデルもやり遂げられると思います」
僕達を見たミドリ先生は優しく微笑んで
「良い人に引き取られて良かったわね」
そう言って伊古田の腕を撫でてくれた。

「あら、お母様、新作のポーチお使いになってくださってるのね
 ありがとうございます」
ミドリ先生は目ざとく母が持っていたポーチに気が付いて頭を下げた。
「いえいえいえ、とんでもない、こちら3WAYになっていて幅広く使えますし、内ポケットも多く、色合いは服と併せやすく、あらゆるシーンで活躍できる素晴らしい一品となっております」
テンパった母は、通販番組の司会者のようなことを言っていた。
「どうぞ、子犬を見に来てくださいな
 運命を感じる子と出会えると嬉しいですわ」
ミドリ先生に伴われ移動する母の後に伊古田と一緒について行く。
「本当はあまり野坂に子犬を見て欲しくないな」
小声で不安そうに言う伊古田に
「子犬より、伊古田の方が絶対可愛いよ」
僕はそう言って、彼の大きな手を握った。


会場では垂れた耳が黒くて身体は真っ白、フワフワの毛玉みたいな子犬が母から離れなくなってしまった。
母親は子犬の可愛さに1発でノックアウトされ
「犬ってこんなに可愛かったのね、知らなかったなんて今までの人生損してたわ」
とまで言い出して、その子を引き取ることを即決していた。

犬に慣れたせいか帰りの車の中では伊古田に怯えることもなく
「前の席は危ないから、後ろでお兄たん(伊古田)と一緒にいてくだちゃいねー」
と子犬が入ったキャリーバッグ(会場でミドリ先生デザインの物を購入)に話しかけていた。



その後、イズミ先生が言っていたように母の僕に関する過干渉は無くなったし、僕が伊古田に会うことも止められなかった。
我が家の関心事は一気に子犬に移っていた。
引き取った子犬はとても利口で可愛くて、僕もすっかり犬派になってしまった。
それでも僕にとっての1番の犬は伊古田であることに変わりはなく、僕達の甘い関係は続いている。


2人でハッピーエンドを迎えるまで、何十年だって続いていくに違いないのだった。


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