しっぽや5(go)

□始まった物語
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僕の気持ちが落ち着いた頃合いを見計らって、荒木がボックスティッシュを手渡してくれた。
人前で思いっきり泣いてしまった気恥ずかしさを誤魔化すよう
「ありがと」
僕は少しぶっきらぼうに言って、受け取ったボックスからティッシュを数枚乱暴に引き出すと鼻をかんだ。
「この人が、伊古田を失った後も生きていてくれて良かった
 こんなに立派な団体を立ち上げるなんて、凄いよ
 きっと彼の心の中にはずっと伊古田が居て、守っていたんだね」
まだ涙声の状態でそう言うと
「野坂は凄いね、この人に嫉妬とかしないの?
 もし伊古田がもっと早く化生していたら、この人のとこに行っちゃったかもしれないのに」
荒木は言いにくそうに言葉を口にした。

「伊古田の記憶を見たもの、あの生活を見せられたら2人の関係に嫉妬なんて出来ないよ
 それに伊古田は僕を目指して進んできた、って見せてもらったからね
 彼は僕に温めて欲しかったから化生した
 今まで僕はそんな風に誰かに選ばれた事なんてなくてさ
 コータはケン坊君の犬だけど、伊古田は僕の犬だって確信してる」
僕がきっぱり言い放つと、荒木は驚いた顔をしていた。
「そんなとこまで見えたの?まあ、記憶の見え方はそれぞれみたいだけどさ、俺には見えなかった…
 あ、でも、白久を飼った後にあの人の顔より俺の顔の方が強く出てるのは見たっけ
 俺と今を生きたいって言ってくれたし」
何やらブツブツと呟いている荒木に
「それにあの人が伊古田を飼ってたときって小学生だったんだ
 あんな大きな犬を貧しい環境で、子供の身でありながらよく世話してたなって関心する、僕だったら無理だよ」
伊古田がそうであるように、僕もあの時代のケン坊君を忘れることは出来なかった。

「とは言え、今すぐ伊古田にこのこと伝えるのはちょっとアレかな、とは思う
 いや、他から聞き及ぶくらいなら僕が教えてあげたいけど、もうちょっとだけ後にしたいと言うか」
さんざん格好良い事を言っておいて、最後の言葉は歯切れが悪くなってしまった。
伊古田の僕への愛を確信しているが、今はまだ彼の心の中で唯一の存在として君臨していたかったのだ。
「そんなもんだって」
荒木は少し笑って言うと、そっと僕の肩を小突いた。
特別に親しい友人に対するようなその態度が、とても嬉しかった。


「あー、っと、その、こんな事聞くのもあれなんだけどさ
 好奇心とかじゃなくて注意喚起をしておきたいと言うか
 そのための確認と言うか
 今、控え室で化生達が盛り上がってるみたいだから、遅いかもしれないけど
 伊古田とは、もう…何て言うか……した…?」
荒木は赤くなりながらとんでもないことを聞いてきた。
「ししし…したって、何を…」
何のことだかわかっていたが、いきなりプライベートすぎることを聞かれた僕は激しく動揺する。
荒木はこーゆーことを聞きたがるような奴じゃないと思っていたから、その質問には完全に不意を突かれた感じだった。

「俺だけ聞くのもフェアじゃないから言うけど、俺はその、白久とそーゆー関係
 他の化生と飼い主もそうだよ
 化生にとって飼い主と契るのは誉れなんだ
 だから化生はそれを他の化生に自慢したがるし、飼い主を喜ばせるための情報収集に余念がない」
「情報収集?」
荒木が何を言わんとしているのかさっぱりわからなかった。
「他の化生に、自分が何をやってどれだけ飼い主を喜ばせたか、教えたがるし聞きたがるって事
 俺、その会話を他の飼い主に聞かれた」
うなだれた荒木は耳まで真っ赤だった。
釣られて僕も赤くなってしまう。
「その後、ソッコー口止めしたけどね、2人だけの秘密だからって
 野坂も一応、伊古田に言っといた方が良いんじゃない?」
頭を上げた荒木は、まだ赤い顔をしていた。
その瞬間、控え室の声がひときわ大きくなりドッと沸いた。
『まさか伊古田が昨夜や今朝のことを?』
僕は控え室の扉を見つめて、青くなるしかなかった。

「教えてくれてありがとう、恩に着るよ
 僕達はそろそろお暇(いとま)するね、帰ったら伊古田と話し合わなきゃ」
ワタワタと控え室に向かう僕の背中に
「頑張れよ、じゃあ、また学校で
 何か知りたいこととかあったら、いつでも電話して」
荒木が声をかけてくれた。
「うん、また学校で」
友達とこんな挨拶で別れるなんて、何年ぶりだろう。
伊古田と知り合ってから、イライラよりワクワクが心からあふれ出ているようだった。

「伊古田、そろそろ帰ろう」
控え室の扉を開けて声をかけると、彼は満面の笑みで駆け寄ってくる。
「皆さん、これからも伊古田と仲良くしてあげてください」
そう言って声をかけたら、控え室のイケメン達は満面の笑みで頷いてくれた。


マンションへの帰り道
「部屋に着いたら2人だけの秘密を決めよう、誰にも教えちゃいけない僕達だけの秘密の話」
そう言うと、伊古田は『秘密』に興味津々だった。

焦ることはない、これからの彼との付き合い方は2人で臨機応変に決めればいい。
お互いのことを深く知って、決めたことを覆すのだって自由だ。

時間はまだまだある。
僕達の物語は始まったばかりで、それは終わり無く永遠に続いていくのだから。


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