しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈9〉
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「伊古田のことは、伊古田自身がちゃんと教えてくれるよ
 誰かに言われるよりも、ずっと納得できるかたちで
 それを受け入れられるかどうかは野坂次第だけど
 彼ら、語彙力無いというか口があんまり達者じゃないから言葉で説明するの難しいんだ
 まあ、俺だってあんな過去があったら納得できる説明なんて口じゃ出来ないけどさ」
荒木は何やら考え込み
「野坂ってネタバレ的な事前攻略聞くの平気な方?」
と意味の分からないことを聞いてきた。
「まあ、ストーリーに深く触れない程度なら
 ダンジョンは攻略本見ながらじゃないと進めないし」
何でいきなりゲームの話をするのか不思議に思いながら答えると
「伊古田って臆病で恐がりだろ」
急に話しが伊古田のことに戻って戸惑ってしまった。
「伊古田が野坂に自分のこと伝えるの、もの凄く怖いことなんだ
 せっかくつき合えるようになったのに、その関係が終わってしまう可能性があるから
 勇気と勢いがないと出来ないこと
 白久は諦めきっててちょっとヤケになってたとこ、あったのかな
 だから別れてしまう俺に過去を見せてくれた
 それを見て俺は白久と離れたくないと思った
 野坂も伊古田の過去を見て同じように思ってもらえると良いけど、こればっかりはなあ」
荒木が何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、それは今後の展開においてとても大事なことに思われた。

「もし、伊古田が野坂に何か伝えたい素振りを見せたら、ちゃんと聞いてあげて欲しい
 そして、見てあげて欲しい
 彼からの想いが真実だと気が付いて欲しい
 彼らとは元の概念が違うからこっちが戸惑うことも多いけど、悪気があってやってるんじゃないから最初は色々と大目に見てあげて
 命令すれば、ちゃんと言うこと聞くよ」
「え、命令って…」
その大胆な言葉に訳が分からず狼狽(うろたえ)えてしまう。
「彼ら、人に従う事が好きなんだ
 主体性がない、とはまた違う感じでね
 愚直に思えるときすらあるよ」
『愚直』
それはあの夜のことを思い出させ、伊古田の事を的確にあらわしている言葉に思われた。


「とにかく、伊古田の過去については強引に聞こうとしないで自分から打ち明けてくれるのを待ってて欲しいかな
 今、すごく葛藤してるはずだから
 それと、伊古田が野坂以外を好きになることはないよ
 優しくしてくれる人には懐くけど、彼にとって野坂は別格だから
 『懐く』と『愛してる』とは別枠なわけ
 俺は伊古田に懐かれてるけど、野坂は愛されてる」
荒木は少し悪戯っぽい顔でそう言って笑っていた。

「愛されてるって…」
急にそんなことを言われ、僕は顔が熱くなってしまった。
自分のことを好きな人と物語のように出会う、自分だけを愛してくれるその相手が伊古田ならば、と心の奥底で期待しているのを見透かされた気がした。

黙り込む僕に
「野坂、週末にまた伊古田のとこに行く?」
荒木が聞いてきた。
恥ずかしい思考を中断されて、僕は我に返る。
「大麻生さんから借りた本、まだ手付かずなんだ
 読んだら返しに行きがてら伊古田のとこに行くつもり
 あんまり頻繁に行くの、迷惑かなって思って」
「大麻生は口実を作りやすくする為に本を貸してくれたんだと思う
 付き合ってるなら口実なんかいらないだろ、また行ってあげてよ
 親に怒られなければ、だけど」
荒木の言葉はとても魅力的だった。

「親にはこの間の外泊で怒られた、でも、後悔はしてないよ
 伊古田の部屋に泊めてもらえて良かったって、心底思ってるから
 本当は今週末も行きたいんだ」
「分かる、親がうるさいとその辺苦労するよな
 泊まりに口実必要なら、いつでも俺か近戸の名前を出しちゃっていいよ
 口裏合わせとく」
何で荒木が僕のためにここまでしてくれるのか分からないけど、今までよりずっと『友達』だと思えた。
「ありがとう、ちょっと作戦考えてみる」
素直な感謝の言葉を自然に言うことが出来て心地よかった。
「情けは人のためならずってやつかな
 野坂が伊古田とうまくいってくれることが、俺にとっても嬉しいことだからさ」
「また、ケーキセットくらいは奢るよ」
荒木と交わす親友同士みたいな会話が僕に前向きな気持ちを与えてくれた。



渋る両親を強引に説得し、僕は週末に伊古田の部屋に泊まりに行くことに決めた。
お土産に冷凍ライチを持って行くことにする。
保冷剤と一緒に保冷バッグに入れても着く頃には溶けてしまうかもしれないが、そうしたらそのまま2人で食べればいい。
事前に完璧な予定を立てて行動する方が無駄がなく安心だけど、伊古田と一緒なら行き当たりばったりの方が面白いんじゃないか。
そんな風に柔軟に考えられるようになったのは、学園祭の構内を一緒に巡った伊古田のおかげだ。

伊古田は僕の心を軽くして、固定観念という狭い檻から解放してくれる。
素直になることの心地よさを教えてくれる。
愛される喜びを感じさせてくれる。

僕にとって伊古田は、何者にも代えられない存在になるのだった。


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