しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈6〉
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「うん、友達になろう、僕もまた伊古田に会いたいよ」
なんとか呼吸を整えて彼に伝えると
「本当?僕達、また一緒に居られるの?
 僕、知らない事が多すぎて野坂に迷惑かけるかもしれないのに?
 弱虫だから野坂を守れないかもしれないのに?
 それでも一緒に居てくれるの?」
彼は呆然とした顔をしていた。
「伊古田が知らないことは僕が教えてあげる
 それに僕だって弱虫だ」
『僕の場合は弱虫というより僻(ひが)み虫だけど』
でもその僻み虫は、伊古田と一緒にいれば飛んでいってくれるような気がしていた。
「後で、連絡先ちゃんと交換しよう
 登録の仕方わかる?僕が確認してあげるよ」
「ありがとう、お願いします」
大学に到着した僕達は、照れくさくも晴れやかな気分で最後の学園祭を回り始めた。


模擬店でスナックを買って伊古田と分け合い、気になる展示物を見て回る。
やっていることは今までと一緒なのに、今までよりずっとずっと楽しかった。

気になっていたミス研の展示も見ることが出来た。
理屈っぽい人たちばかりだったら嫌だと思っていたが、部員の人たちはとても気さくで良い意味でいいかげんだった。
彼らの先輩達がガチガチの研究肌で部室は息が詰まる場所だったらしく、卒業してくれたのを幸いにモットーを『色々と適当に楽しむ』にしたそうだ。
基本ミステリが好きだけど乱読する僕にとって、様々なジャンルで語り合えそうな人達がいる場所は魅力的だ。
そしてもう1つ魅力的なことは、会誌こそ出していないが小説を書いている人が多かったのだ。
小説の投稿サイトに上げて、皆で感想を言い合ったりするらしい。
僕も密かに文を書いて投稿していたので、読んでもらえそうな人と繋がれるのはありがたかった。

とは言え不安もある。
「前に投稿したとき編集者気取りの人からコメントもらったんだ
 アドバイスなんかじゃなくて、自分の好みに合わないから難癖付けてるのが丸わかりなんだけどヘコんじゃって」
僕が言うと
「わかる!自分好みのストーリーに変えさせようって人いるよね
 相手がプロの編集者でこっちもプロなら、雑誌のコンセプトに併せることも考えるけどさー」
「自己投影して読んでるのか、このキャラはこの人とくっつくべきだとか」
「でもさ、100の誉め言葉より1の貶(けな)し言葉が気になって書けなくなったりするんだよな」
同じ様な経験をしている人が多く僕はホッとしてしまった。
この人達なら頭ごなしに作品を否定することはなさそうだ。

「良かったら入部してよ、気が向いたときに来れば良いから
 部室には大抵誰かいるから討論しても良いし、読書してっても良いし
 下宿してる奴らがゆっくり本が読めないって言うから、パーティーションで区切って、いつもはあの1画を読書ルームにしてるんだ
 イヤーマフもあるからけっこう集中できるよ」
その自由な雰囲気が気に入って、僕にしては珍しくその場で入部を決め入部届を書いてしまった。
大学に入学してからずっと気になっていとことが、あっけなく解決した感じだった。
『伊古田のおかげかな
 あ、って言うか、こっちで話し込んじゃったけど伊古田、退屈だったんじゃ
 本とか読みそうにないし』
やっとそれに思い至り伊古田を探すと
「3部屋先の模擬店のお好み焼き美味しいよ」
「上の階の鯛焼き食べた?アンコ以外もあってさ、変わり種の野沢菜チーズってのがいけるんだ
 込んでるけど並ぶ価値はあるよ」
「犬のしつけ教室、家の犬も通わせたいなー
 でも場所が遠いや、送迎ってやってない?俺、免許取ってないんだよね」
「家の猫が脱走したときはお願いしようかな
 この前脱走した時に味しめちゃったみたいで、家のドアの前でスタンバるようになっちゃたのよ
 名刺、私にもちょうだい」
彼は部員に囲まれて楽しそうに話をして、ちゃっかり営業もしていた。

「伊古田、そろそろお暇(いとま)しよう」
声をかけると彼は嬉しそうに駆け寄ってきて
「皆、色々教えてくれてありがとう
 ペットが迷子になっちゃったら連絡してね
 じゃあ、行こう、野坂」
すぐに僕の側に控えてくれた。
その、特に僕に懐いている風の行動が嬉しかった。


それから少し構内をブラブラし、お勧めされていた鯛焼きを食べると、もう夕方になってしまった。
何だか校門前で分かれ難く
「伊古田の駅の方まで行くよ、もうちょっと一緒にいよう
 あっちの駅からも乗り換えれば帰れるから」
僕はそう誘ってみた。
「うん、僕もまだ野坂と一緒にいたい」
伊古田は捨てられた犬みたいな切ない瞳で僕を見つめていた。


しばらく歩いて今までの道すがら、信号に1回も引っかからなかったことに気が付いた。
『伊古田と居ると、物事がスムーズに進んで無駄にイラつかなくて済むな』
一瞬そう思ったが、僕は自分の不運を舐めていた。
僕の1日がスムーズに進むことなどあり得ないのだ。

道の前から大きな犬がリードも付けず、フラフラと歩いてきた。
『あれってシェパードだ、ドラマで見るより大きく見える
 え?野良?じゃないよね首輪してるし、でも飼い主が見あたらない』
きちんとしつけされているかどうか分からない大型犬の突然の登場に、僕は恐怖を覚えパニックになってしまう。
思わず伊古田の手を握ると、その手は震えていた。
それでハッとする。
『そうだ、伊古田は犬に噛まれたことがあって大きな犬が怖いんだ』
チラリと視線を向けると、彼は脂汗を流し真っ青になって怯えた目をしていた。

万事休す。
僕は自分の不幸体質を、心底恨めしく感じるのだった。


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