しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈5〉
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次の日の伊古田は、昨日より堅めの服装で現れた。
白いシャツに黒のネクタイ、黒のパンツ、基本は昨日と一緒なのにヤクザには見えなかった。
「昨日の服、借り物だったんだ
 裾がツンツルテンだからワザと着崩して捲ってみた、って着付けてくれた人が言ってた
 でも今日は大事な日だからって、大急ぎで服を調達してくれたんだ
 この服作ってくれた人はそれでも『丈が足りない』ってブツブツ言ってたよ
 珍しく大人な雰囲気のデザインにしたのに、うちは日本人体型専用なんだって怒られた」
服のタグをよくよく見てみたら、『II』ダブルアイのブランドだった。
僕の母親がイサマミドリ『IM』アイムの服のファンなので、その息子のイサマイズミの服も少しは知っている。

『服を作ってくれた人って、まさか本人?
 いや、縫製会社の人だよね
 今日、僕と会うためにこんな高い服用意したんだ』
そう気が付くと悪い気はしなかった。
「伊古田ってモノトーン似合うね、大人な感じ」
そう誉めると素直に破顔する。
自分の厳めしい容姿に気が付いていない、そのギャップが彼らしくて面白かった。

「野坂はその…、可愛いね、凄く凄く可愛い
 ごめん、もっとちゃんと誉めたいのに、それ以外の言葉が出てこないや」
言葉を探していたらしい伊古田は、思いつかなかったのか少しションボリしてしまう。
『可愛い』と言われるのは、正直バカにされているみたいで好きじゃなかったが、自分の容姿が『イケメン』とか『格好良い』と称し難いことはわかっていた。

「あの人達の方が可愛いと思うけど?」
伊古田と一緒に来た小柄な『日野』という荒木の友人や、昨日会った『明戸』さんにそっくりな『皆野』さんを視線で指し示す。
1人でもキラキラオーラ全開だった明戸さんは数が増えてさらにオーラが増し、芸能人の様だった。
『双子って初めて見た、一卵性だと本当にそっくりになるんだ
 入れ替わりトリックとか現実に出来るんじゃないかな
 と言うか、近戸も双子とか、あんなイケメン2人も居るなんて贅沢でズルくない?』
2組の双子を見ながら取り留めのないことを考えていたら
「え?双子や日野とは全然違うよ
 野坂の方がもっともっと可愛いくて、温かくて、頭が良くて、色々教えてくれて、優しくて、本当に凄いと思う」
伊古田はお世辞にしては大仰な言葉を並べ立てた。
あまり言葉に器用ではない伊古田の誉め言葉は、何だか心にくすぐったく響き、照れくさい気持ちにさせられた。

「伊古田ってマニアックだね」
照れ隠しにそんなことを言っても彼はよく分かっていない感じで、それでも嬉しそうに僕のことを見ていた。
昨日は隈があって睨みつけてくる怖い顔だと思っていたけど、今は伊古田の表情に喜びや優しさを見いだせた。
態度には繊細な細やかさもあるし、具合が悪くなっても言い出せない気の弱さもある。
『伊古田って、見た目で損してるよね』
自分ではどうしようもない部分で生きにくそうな伊古田に、運が悪くついてない僕は不思議な親近感を覚えるようになっていた。


「じゃ、5時にここで待ち合わせな
 来れそうになかったら黒谷のスマホに連絡してよ
 さて、食うぞ!ここの学食って今日もやってんのかな、そっちも興味あるんだよね」
日野の言葉で全員散っていく。
一緒に来たからと言って一緒に行動するわけではないようだ。
伊古田は当然のように僕の側に居て
「今日はどこに行ってみる?」
そう話しかけてきた。
「昨日、西棟の方を見たから新棟に行ってみようか」
「うん、また色々教えってね」
新棟での展示や模擬店に何があるか把握してなかったが、伊古田はその辺のことを気にせず付いてきてくれるから気が楽だ。
伊古田を従えて歩く自分の姿を想像すると昨日感じていたアニメ的と言うより警官と警察犬のような気もして
『これ、バディ系の映画みたいで格好いいんじゃない?』
と楽しくなってくるのだった。


意気込んで行った新棟には、特に目を引く展示が無く模擬店も込んでいたので早々に退散し、ゆっくり出来るカフェテリアで軽いランチを取る事にした。
サンドイッチにカフェオレ、伊古田は僕と同じ物を選び『お揃いだ』と嬉しそうだった。
「伊古田、それで足りるの?パスタとかピラフもあるよ」
「いっぱい頼んで食べきれなかったらもったいないから
 前に居たとこだと、誰かが代わりに食べてくれたけどね
 食べ物は大切にしなきゃ」
真剣な顔で言われ
「そうだね、フードロスとか話題になってるし」
そう答えるものの、伊古田のそれは意識高い系からきている発言とは違う気がしていた。

『豊かに見えても、この国にも貧困ってあるんだよね
 社会派の小説で読んだっけ
 伊古田って恵まれてない家庭の子で、田舎の施設とかで育ったのかな
 学校にちゃんと通ってない感じがする
 荒木とか職場の人はそれ知ってて、彼のことを凄く気にかけてるとか』
知り合ったばかりの人のプライベートを詮索するのは失礼だと思いつつも、僕は自分の知らない世界を生きてきたであろう伊古田のことをもっと知りたい思った。
他人のことをこんなに深く知りたいと思ったのは初めてかもしれない。

しかしそれは『彼が好きだから全てを知りたい』と言うよりは『好奇心が疼くのを止められない』と言う、自分勝手な知識欲からくる感情だった。


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