しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈3〉
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門の近くで待っていると、徐々に心地よさに襲われた。
春の日差しよりもっと暖かで優しい感覚。
辺りを見回して行き交う大勢の人たちを見ても、そんなことを感じて立ち止まっている者は見あたらなかった。
白久や明戸、と言った他の化生もそれは同じで普通にしゃべっている。
僕だけが暖かさに包まれてうっとりとしていた。

「あ、来た来た」
何かに気が付いた荒木が門の方に移動する。
コンビニの袋を2つ持った人が荒木の方に近寄り
「重かったよ、足りないって言われるのもイヤだし好みも分からなかったから多目に買ったんだ」
少しムクレた顔をする。
「ありがと、後でレシートちょうだい、彼がお金払ってくれるから」
白久がすかさず荒木のそばに近寄り頭を下げると、その人物は驚きと恐れがが混ざったような表情になった。
「お買い物ありがとうございます、助かりました」
「あ、はい…」
彼は不安げに荒木に目を向ける。

「ああ、彼は俺の知り合いで学園祭に招待した人なんだ
 影森白久さん
 で、あっちの人が影森明戸さんで、こちらが影森伊古田さん」
荒木は僕達を紹介しながらこちらに視線を向け、ハッとしたような顔になった。
それで僕はきちんと挨拶を返さなければ、と気が付いた。
「あの、影森伊古田です、よろしくお願いします
 仲良くしてもらえると嬉しいです」
何かもっと違うことを言いたかった気もするけれど、武衆の皆に初めてしたような挨拶しか口から出てこなかった。
「野坂 始(のさか はじめ)です、どうも」
彼は小さな声でボソボソと呟くように教えてくれた。
『野坂 始』その名前が僕の心の中で優しい暖かさ変わっていく。
僕は彼に飼って貰いたいと感じていた。


「あそこのテラス空いてる、あそこで食べよう
 白久と伊古田、野坂の荷物持ってあげて」
荒木が言うと
「どうぞ、お荷物をお借しください」
白久がすかさず手を出した。
「ぼ、僕も持ちます」
僕も慌てて彼に向かって手を差し出した。
彼からビニール袋を受け取るとき、ほんの少しだけ手が触れ合った。
そこから甘く痺れるような感覚が広がっていく。
彼と巡り会えたことが、泣きたいくらい幸福だった。
「伊古田、皆で協力するから」
すれ違った近戸と明戸がそっと囁いて目配せしてくれる。
彼らには僕の状態が分かったようだ。
『仲間』がいてくれることがとてもありがたかった。


「野坂ってさ、犬、嫌い?」
荒木がさりげなく聞いている。
「嫌いって言うか、積極的に好きじゃないだけ
 特に大きい犬って怖くて近寄りたくないよ
 小学生の時に同級生が噛まれたんだ
 大きくて毛が短い犬で、噛まれて振り回されたから骨折しちゃって大惨事
 指を噛み千切られなかったのが不幸中の幸いだ、って周りの大人は言ってたけど幸いじゃないよそんなの、不幸しかないじゃん」
野坂さんは心底怖そうに身を震わせた。
「ぐっ…桜さんと同じパターン…」
荒木は顔を歪めていたが、野坂さんが不審そうな顔を向けると
「いや何でもない、こっちの話」
慌てて取り繕ったような笑顔を向けていた。

『野坂さんは大きい犬、怖いんだ
 僕のことも怖がるよね、さっき僕を見て怯えた顔になったし
 大きい犬に噛まれるの僕も怖いから、気持ちはすごくわかる
 でも僕は、野坂さんのこと噛まないのに、僕を見て笑って欲しいのに…
 どうすれば良いのか、全く分からないや』
困り果てている僕に
「新郷も同じ様な条件で桜さんを飼い主に出来ました
 大丈夫、荒木も協力してくれますから
 今回、荒木と近戸がこの場を設けてくださったのです
 2人ともここに伊古田の飼い主候補がいると気が付いていたようでした
 後は貴方の頑張りで、道は切り開けます」
白久がそう囁いてくれる。
先ほどすれ違った明戸と近戸を思い出し、頑張ってみようという気持ちになった。
「ありがとう白久、君たちがいてくれて、仲間がいてくれて嬉しいよ
 犬だったとき周りにいた同じ様な犬は直ぐ死んじゃってたから、仲間なんていなかった
 もう、あの時とは違うんだ」
僕の言葉に白久は優しく微笑んでくれた。


テラス席に着くと
「野坂、ここ座りなよ、伊古田はそっちな
 白久は俺の隣で、明戸、近戸、蒔田、久長、っと」
荒木が座る場所を指示してくれる。
皆特に不満はないようでその指示に従ったが、野坂さんだけは隣に座る僕を見て怖そうな顔をしていた。
「何や、今日は仕切るな」
「大学の学園祭なんて初めてだから、ちょっと浮かれてんだ
 さあ食べよう、早く食べないと無くなっちゃう」
「荒木、今日のメンツなら1人に食い尽くされる心配ないから
 飲み物ここに置くんで、好きなの取って」
「アップルパイは味が馴染んでからの方が美味しいよ
 これは最後に食べよう
 まずはソース系かな、醤油はさっき食べたし」
皆、割り箸で自分の紙皿に思い思いの料理をのせていく。

さっきお煎餅を食べたからお腹は空いていないし隣に座る野坂さんが気になって、僕は料理を取ることも出来ず固まってしまうのだった。


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