しっぽや5(go)

□古き双璧〈1〉
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俺は直ぐにスマホを取り出して、しっぽや事務所に電話する。
まだ営業時間中だけど、今からここまで来て貰うには事務所の場所は遠すぎた。
『はい、ペット探偵しっぽやです』
直ぐに黒谷の声が聞こえてきた。
「黒谷、急ぎの依頼をしたいんだ、明日の朝一で猫来れる?」
焦りまくっていたため主語が大幅に抜けてしまう。
『猫?誰が適任そう?』
俺の声が緊迫していたからだろう、黒谷は直ぐに応じてくれる。
「えっと、黒猫、だよね?」
最後の問いかけは近戸への確認だ。
近戸は頷くが
「黒猫だけど、股のとこと脇の下が白い」
近戸は通話の邪魔にならないよう小声で答えた。
「エンジェルヘアーがある黒猫だって
 黒猫だと羽生だけど、その子オジイチャンなんだよね
 若い猫より、年齢的には長瀞さんの方が有利かも
 長毛?」
近戸は無言で首を振る。
「波久礼なら万能なんだけど、それは最終手段だ」
『荒木、波久礼は本当に勘弁して、今の時期シャレにならない』
黒谷が情けない声を出した。

「じゃあ、今回1番頼りになるのは双子かな
 挟み撃ちにしてサクッと保護してもらえると助かる
 ちょっと遠い場所だから、エースを半日以上拘束することになっちゃうけど
 双子を朝からこっちに寄越して
 えっと、住所は」
察しの良い近戸は、直ぐにボールペンを取り出すとノートを破いて住所を書き始めてくれた。
『荒木、双子は暫く1人なんだ』
「え?」
黒谷の言っていることが、焦っている俺にはよく分からなかった。
『皆野が昨晩コロッケ揚げてて火傷してさ、今朝、カズ先生に診てもらったんだ
 本人は大したこと無いって言ってるけど、痛みで気が散って明戸と連携出来ないみたい
 3日ほど休んでもらうことにしたよ』
それは痛い情報だったが、明戸だけでも優秀な所員であることにはかわりない。

「じゃあ、明戸を寄越してもらえる?
 ナリが車を出してくれれば電車より早く来れるから、ちょっとナリにも連絡してみるね
 ごめん、また掛け直す、明戸のスケジュール押さえといて」
俺は一旦通話を切った。

「何か、大事にってごめんな
 俺、明日は午前中学校休んで、その、ペット探偵さんの対応するよ」
恐縮する近戸に
「俺も休む、明戸と一緒に近戸の家に移動して捜索手伝うよ
 俺がどこまで手伝えるか微妙だけど」
俺はそう宣言する。
近戸の猫を発見できたところで、クロスケは還ってこない。
それでもクロスケに対してしてやれなかった事を、俺はやりたかったのだ。
「そんな、悪いって」
「これは俺の勝手な感傷に基づいた行動なんだ
 全くの自己満足でしかない、だから、手伝わせて」
俺は頭を下げる。
「GWでだいぶ稼いだし、料金は俺がちゃんと払うよ
 よろしくお願いします」
近戸も頭を下げてくれた。

「料金のことは後で大丈夫、うちってそんなに高くないし
 取り敢えず、足を確保できるかちょっと確認してみる
 やり取りに時間かかってごめん、これも明日、スムーズに動くためなんだ」
戸惑う近戸を後目(しりめ)に、俺はナリに電話する。
配達中かもと思ったが、運のいいことに直ぐに電話に出てくれた。

「ナリ、明日の朝車出せる?俺と明戸の足になって欲しいんだ
 帰りは自分たちで何とかするから、行きだけでも頼めない?
 場所は…」
俺はノートの切れ端に書かれた住所を読み上げる。
「ああ、うん、そう、俺の行ってる大学から徒歩40分
 俺の友達の家の猫が脱走しちゃってさ、ちょっとヤバい状態かもしれないから急いでるんだ
 本当?助かる!俺と明戸で朝から事務所の階段下で待ってるよ
 9時ね、了解!黒谷に連絡しとく」
ナリとの通話を終え、再度事務所に電話をかける。

「黒谷、ナリが送ってくれるって
 9時に事務所の階段下に集合って明戸に伝えて
 えっと、17歳のオジイチャン黒猫、網戸を破って2日前に脱走
 詳しくはこっちに来たとき依頼人が話してくれるよ
 俺の友達で、俺も一緒に捜索手伝うから
 え?白久が話したい?」
電話の相手が黒谷から白久に変わった。

『荒木、クロスケ殿の時と同じ状況なのですね』
真剣な白久の声を聞いて俺の緊張が解けていく。
「そうなんだ、早く見つけてあげたくて…俺、もうあんな…、もう…」
言葉が詰まってそれ以上声が出なかった。
『私に出来ることがありそうなら、お呼びください
 直ぐに駆けつけます』
白久の言葉に思わず涙がこぼれてしまった。
あのとき、白久が側に居てくれなかったら俺は確実に壊れていた。
今だって白久に抱きしめて安心させてもらいたかった。
「明日の朝、事務所に行くからちょっとだけ会おう」
『もちろんです』
白久からの力強い返事に安堵して、俺は通話を終えることが出来た。

「荒木、知り合って間もない俺のこと『友達』って言ってくれてありがとな
 ちょっと感動した」
通話中の俺を見ていた近戸は今日初めて、心からの笑みを見せてくれた。
「いや、何か、1人で盛り上がっちゃってかえってごめん
 猫捜索のエキスパート押さえたけど、後は時間との戦いだからまだ油断は禁物だ
 明日に備えて今日は早く寝るよ、近戸もちゃんと寝ろよ」
俺の言葉に彼は素直に頷いた。

『今度は、不幸な結果で終わらせたくない、終わらせない!』
俺は帰りの電車の中で、そう闘志を燃やすのであった。


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