しっぽや5(go)

□里帰り〈 川に触れる 〉・中編
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ミイちゃんに『おやすみ』の挨拶をして、俺と白久は離れに戻る。
壁の時計の針は、そろそろ10時を指そうとしていた。
「まだこんな時間なんだ
 テレビとかスマホを見ないと、1日ってけっこう長いんだね
 でも初めて体験したことが多くて、退屈って感じじゃ全然なかった
 大学の構内や授業内容も初めてのこと多いけど、ここでの初めての方が断然面白い」
ベッドに腰掛けて、俺は笑って舌を出す。
「荒木に楽しんでいただけて良かったです
 大学生活が始まり忙しくなった荒木に、羽を伸ばしていただきたかったので
 ここならゆっくり出来るかと思いましたが、何もなさ過ぎて退屈されてしまうのではないかと心配もしておりましたから」
白久も俺の隣に腰掛け、顔をのぞき込んできた。

「あんなにキレイな川に入ったのも、魚を捕ったのも、囲炉裏で料理した物を食べたのも初めてだった
 夜空があんなに明るいと感じたのも、その元で温泉に入ったのもね
 あ、白久に負ぶさって移動したのも初めてか
 初めはスピードありすぎて怖かったけど、白久に運んでもらってるって思うと、すぐ安心できたよ
 本当に白久は頼りになるね」
俺が笑顔を向けると、白久は誇らしそうな顔になった。
「荒木のために出来ることを増やしていくのが、今の私の生き甲斐です
 私の『初めて』は荒木がもたらしてくれます
 変化を楽しむという感覚も、飼い主と共に行動しているから生じる感情でしょう
 荒木と一緒なら、寝てばかりはいられません」
白久が近付いてくると、どうしてもその身体の熱を意識してしまう。

「控え室では寝てても良いんだからね
 猫達に頼られてるし、黒谷の声には反応出来るんでしょ?」
「はい、うたた寝ですので
 もう夢と現(うつつ)を彷徨(さまよ)いながら、大事な方が訪れてくれるという奇跡を待つこともありません
 飼い主は私の元に、必ず帰ってきてくださいます」
白久の唇が、俺の唇に触れる。
「今も荒木は、私の元に居てくださる」
何度も何度も、存在を確かめるようにキスをされた。
俺もそれに応えるように彼と唇を合わせ
「忙しくて会えないときも、白久のこと想ってるから
 必ず白久の所に帰るから、大丈夫だよ」
そう言って柔らかな髪をなでてやった。

「ん…」
唇を合わせあっていた俺達の身体は徐々に熱を帯びていき、キスは吐息も舌も深く絡ませあう濃厚な物に変わっていった。
「ここで、しちゃっていいのかな」
かろうじて残っていた理性が働き、そう声に出してみると
「大丈夫ですよ、久那に確認してあります
 シーツ類は自分達で洗濯しておけ、と言われました」
白久は悪戯っぽい顔でウインクした。
「明日、1番にやることが出来たね
 退屈を感じてるヒマなんて無いよ」
俺はちょっと笑ってしまう。
「そういえば、影森マンションの部屋以外でするの初めてだ」
「また、初めての思い出が増えますね」
それに気が付くと興奮が増していき、俺たちは性急にお互いの服を脱がしていった。


温泉で温まった後だからだろうか、肌寒く感じていた山の夜が直ぐにお互いの熱を感じあう熱いものへと変わっていく。
いつもとは違う部屋で白久の舌に刺激され、俺の欲望は加速的に煽られていった。
白久に貫かれ激しく動くと、肌が汗ばむほどの熱を感じる。
俺たちは一つに解け合う、熱い肉体の塊のようだった。
俺が想いを解放すると、白久もそれに応えてくれる。
何度も何度も俺たちは熱く繋がり、山での夜は更けていった。





いつ果てるともしれない繋がりの末、気が付くと俺たちは抱き合いながら幸福な朝を迎えていた。
「おはよ、いつ寝たか記憶にないや」
そう発した俺の声は、掠れている。
昨晩、声を出しすぎたようだ。
『母屋に聞こえなかったかな』
飼い主のいない化生には聞こえたところで状況はわからないだろうが、俺は恥ずかしくなってくる。
「おはようございます荒木、よくお休みでしたね」
白久は寝起きのキスをしてくれた。
彼の言葉で俺の方が先に寝落ちてしまったと知った。
時刻は9時を回り、日はとっくに高く上っていた。

「せっかく温泉でサッパリしたけど、汗かいちゃったね
 シャワー浴びてから洗濯しようか
 ああ、そのためにこっちにシャワーつけたのか」
「和泉の考えることは、合理的ですね」
「合理的というか何というか…
 和泉先生ってそーゆーとこ、ちょっとウラっぽいかも」
俺たちはベッドから起きあがり、行動を開始する。

「ブランチ食べたら、何しようか
 今日1日、自由だもんね
 天気も良さそうだし、また山の中散策するのも楽しそう
 白久が居るから安心だしさ」
「お任せください、山中で荒木に危険が及ばないよう全力で気をつけます」

頼もしい愛犬の言葉に満足感を覚え
『こんなに豪華で充実したGWの過ごし方って、初めてかも』
俺はワクワクする気持ちを抑えきれないのであった。


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