しっぽや5(go)

□里帰り〈 山に触れる 〉・前編
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俺は着替えをクローゼットにしまっていく。
まだ日が高いせいか、そんなに寒くは感じない。
『それとも、ここにくるまでずっと白久とくっついてたからかな』
白久の背中の温もりがまだ俺の身体に残っているような気がした。
「お弁当を食べて、お土産を渡したので荷物が減りました
 帰りはトランクに荒木の荷物を入れますよ
 また陸にタクシーをお願いしますが、今度は行きよりトランクが軽くなるので抜かされてしまいそうですね
 しかし山道は登るより降りる方が気を使いますし、荒木が居るので無理はしません」
荷物を整理しながら白久が話しかけてくる。
「白久の熱を感じながら移動できたの最高だった
 タクシーありがとう、俺、重くなかった?」
ちょっと気になっていたことを聞いてみると
「いいえ、トランクの方が重く感じておりました」
白久はそう言ってくれた。


荷物を整理し終わってお屋敷に戻ると、すでに昼ご飯の準備が出来ていた。
映画やドラマで見るような、大広間に1人1人お膳が用意されているものだ。
「せっかく山奥まで来ていただいたのだから、山の幸をと思って用意しました
 山菜やキノコの天ぷら、川魚の塩焼きと甘露煮
 ワラビやゼンマイ、コゴミなんて食べたことあるかしら?クルミ味噌で和えてみたの
 ご飯は山菜おこわよ
 若い方には物足りないと思って、汁物は具沢山にしてにスイトンを入れておいたわ」
「凄い美味しそう!これ全部この辺で採れるの?」
俺にとって、珍しい料理(と言うか素材)ばかりでビックリする。
「地元の直売所で買った物も多いですよ
 人間より鼻が効くので山菜の毒の有無は分かるのですが、生えている場所がかたまっている訳ではないので、買った方が早いんです
 武衆の者は山菜採りに熱心ではないし」
苦笑気味のミイちゃんの言葉に、武衆の厳つい犬達が『だって、なあ』『草だし』と顔を見合わせていた。

「でも、この魚は俺が捕ったんだぜ
 海と違って川だと魚が捕りやすいな、ちっこいのしか居ないけど」
誇らしげな武衆を見て
「あれはハスキーの海です
 生前海辺で暮らしていたので、新郷の次くらいには魚に詳しいかと」
白久が囁いて教えてくれた。

俺と白久の後からも数人の武衆が部屋に入ってきて、全ての席が埋まる。
「では、いただきましょう」
ミイちゃんの言葉で全員が『いただきます!』と唱和し、食器が触れあう音、咀嚼音、陽気な話し声や笑い声が場に響きわたった。

天ぷらはサクサクでほろ苦く、大人の味と言った感じだ。
川魚は小骨が多いけど、武衆の犬達は気にする風もなく頭からバリバリ食べている。
「骨ごと食べた方が良い?」
作法があるのかと思いそう聞いたら
「荒木の喉に刺さったら大変です、骨は食べなくて大丈夫ですよ
 とはいえ残しておくと他の犬に盗られかねません、私がいただきます
 甘露煮の方は骨まで柔らかいので、お試しください」
白久は乱雑にほじった俺の焼き魚の骨を自分の皿に移していた。
「荒木からのお裾分け」
嬉しそうな白久に『それって、残飯だから…』とは言えなかった。

珍しく美味しい料理に満足し、食後のお茶を飲んでいると
「明るいうちに、少し屋敷の周りを散策してみますか?
 日が落ちてからは出歩かない方が良いですよ、白久が側にいるので危険は少ないと思いますが
 屋敷の中も自由に移動してかまいませんからね
 秘密の間や開かずの間などありませんので」
ミイちゃんがそう提案してくれた。
来るときに周りの景色を堪能したとは言えない状態だったし、こんなに大きな日本家屋に入ったことのない俺には、ありがたい申し出だった。
「はい、そうします、行こう白久」
「はい」
俺達は玄関に向かい、引き戸を開けて庭に出る。
そのまま門を抜けて、原生林といった風情の森に向かっていった。


緑の葉から木漏れ日が落ちてくる。
驚くほど近くから鳥の鳴き声が聞こえ、耳元を虫の羽音が通り過ぎていった。
「本当に山の中だ、凄いね、空気が美味しい気がする」
歩いている足下は獣道のような、下草が踏みしだかれただけの道だった。
「白久は、ここで化生したんだね
 白久だけじゃなく、皆そうか
 化生の故郷だ」
そう思うと感慨深かった。

「死して後、後悔を胸に長く暗闇を歩いていた覚えがあります
 遠くに見えてきた光を目指すと隧道を抜け、そこもまた隧道の中でした
 三峰様に手を引かれそこを抜けて、屋敷にたどり着いたのです
 隧道の場所はわかりません、だれも隧道から屋敷へ至った道を覚えていないのです
 しかし再び隧道に戻る気はありません
 私はもう、荒木のお側を離れませんから」
白久は俺を見つめて誓ってくれた。

深緑の森に白く浮き上がる白久の姿は絵画のように美しく、神秘的だ。
白久が俺を見つめ、俺も白久を見つめている。
2人だけの神聖な時間を感じていた。
ふと『胸に満ちてくる想いを作品にしてみたい』という欲求が沸き上がった。
今までのように誰かが作った素材を並べるだけではなく、自分の想いを表現したい。
具体的にどうすればいいのか全く思いつかなかったが、俺はこの場所に新しい道を進む後押しをしてもらった気持ちになるのだった。


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