しっぽや5(go)

□イメージチェンジ
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俺は鏡を見せて久那に自分の姿を確認させる。
「これからは、ここを残して後ろで結ぶか和泉さんにセットしてもらうと良いよ
 慣れれば自分でもセットできるんじゃないかな」
カズハに説明されて
「和泉にワックスつけて髪をイジってもらえるの?
 ワックス、和泉とお揃いだ」
久那は髪型よりも、俺と同じことが出来ると喜んでいた。


久那の髪をきちんと結んでセットし、切った毛を片づけ部屋を整えると、俺達はリビングに移動する。
リビングのテーブルには空が作った料理が並んでいた。
「美味しそうに出来たじゃないか、好きこそ物の上手なれ、ってやつだ」
「肉好きに肉を料理させるのは手だね」
俺と久那に褒められ、空は得意げな顔になる。
分厚く切ったハムのステーキ、ハムサンド、ハムキュウリ、ハムとキャベツのサラダ、ハムエッグ、端の部分は細かく切ってチャーハンの具にしてあった。
ありきたりと言えばそれまでだが、空らしいチョイスだ。
飲み物と買ってきた総菜やチーズを手分けして用意して、俺達は早速乾杯する。


「久那の新しい髪型に、カズハのトリマーとしての腕に乾杯」
「「乾杯!」」
俺達はグラスを触れ合わせ杯を傾けた。
「これ、飲みやすいです」
ワインを飲んだカズハが驚いた顔になった。
「フルーツワインは口当たりよくてジュースみたいだから、気に入るかなって思ったんだ
 俺には物足りないし甘すぎるけど」
「ワインのコーナーなんて、今まで気にしたことありませんでした
 色々あるんですね」
カズハはボトルをマジマジと見つめている。
「今回は名前につられてストロベリーを選んでみたよ、他にも色んなフルーツで作られてるよ
 柑橘系なら鉄板で美味しいんじゃない?」
「今度お店のワインコーナーものぞいてみます
 しっぽやの飼い主と知り合いになって、色々と新しいことを知ることが増えました
 こーゆーの、楽しいですね」
そう言った後、カズハはクスリと笑っていた。

「確かにね、俺も久那の髪を切ってもらえる日が来るとは思ってなかった
 今まで知らなかったことも興味がなかったことも、身近な人に教えてもらえると違って見える
 きっと久那の飼い主にならなければ、親の七光りの鼻持ちならないデザイナーになってたんじゃないかな
 俺の服を買えないような奴を、見下してたかも」
俺は過去の自分を思い出し、思わず苦笑した。
今ならサイズの合わない量販店の服を着ていた化生を、貧しいと思ってしまった自分の心根の方が貧しかったと分かっている。

「そんなことない、和泉はしっかりした倫理観のある人間だ
 俺を飼ってくれた、優しくて心の広い人だよ
 いつまでもキレイで可愛いしね、大人の色気に満ちている」
大まじめな久那の言葉に流石に照れてしまうが
「ちょっと待てよ、キレイで可愛いのはカズハだってば
 何でも出来るし、何でも知ってる最高の飼い主だぜ」
空が横槍を入れてきた。
このままだと犬同士で言い合いになってしまいそうなので
「そうだね、空を飼えるんだから凄い飼い主だよ
 俺じゃ絶対無理だもの」
そう言って久那に視線を向ける。
久那は『そうなんだよ』とご満悦の空に目を向け
「確かに、その点に関しては他の追随を許さないね」
渋々ながら頷いていた。
空を御(ぎょ)することが出来るカズハは、犬の化生の中では一目置かれた存在なのだった。



美味しい料理と酒を楽しみながらの会話は弾み、俺と久那が影森マンションから帰路に就いたのは終電に近い時間だった。
「タクシー頼めば早いけど、イメチェン久那とデートしたいから歩いて帰ろう」
浮かれていたため、少し飲み過ぎてしまったようだ。
歩くとフラフラする俺の腕を、久那がしっかりと掴んで補助してくれる。
「和泉が楽しかったなら何よりだよ
 業界のパーティーだと気を抜けないから酔えないでしょ」
「まあね、下手なこと口走ってゴシップになるの嫌だしさ」
俺は酔っぱらいらしくヘヘッと笑う。
火照った頬を夜風に撫でられるのが気持ちよかった。

「あ」
不意に俺は、風が吹いても久那の髪がなびいていないことに気が付いた。
「そっか、本当に短くなったんだ、なんか不思議」
俺は久那の背中を撫でる。
「バックショットが映えるデザインを考えるのも楽しそう
 本当に久那は俺を飽きさせないね」
「いつまでも和泉に必要とされることが、俺の喜びだよ」
久那は優しい目で俺を見る。
髪が短くなっても、その忠誠心と愛に溢れる瞳の輝きは変わっていなかった。

「明日の予定は午後からだし、部屋に帰ってから頑張れる?
 昨夜と何か違うか試してみたい」
久那の腕に自分の腕を絡め媚びるように美しい顔を見上げると
「和泉のためなら、いつだって頑張れる
 昨日よりも気持ちいいって思ってもらえるよう、うんと念入りにするから楽しみにしてて」
そんな答えを返してくれた。
「今から凄い楽しみ」

俺達はクスクス笑って少し未来の楽しい時間を思い、歩いて行くのであった。


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