しっぽや5(go)

□モデル奮闘記
4ページ/4ページ

和泉先生が手配してくれたタクシーで俺達は撮影現場に向かった。
有名デザイナーの撮影なのに地味だな、と思わせるような小さなスタジオで行われていた。
しかし中のセットは立派で、その煌びやかさに唖然としてしまう。
弘一君も同じなのか俺のシャツの裾を握りしめていた。

「いきなりごめんね、助かったよ
 急に犬と一緒の方が映えるんじゃないかって思いついちゃってさ
 君がラキ?良いね〜健康的な肢体、瞳も輝いていて愛されてる感溢れてる
 毛が少し浮いてるね、久那、モデルさんのスタイリングお願い」
和泉先生に呼ばれ
「まかせて
 ラキ、飼い主は大丈夫だからコッチにおいで」
茶と白が混ざった長髪の美形が優しくラキを撫でている。
彼が化生であることは一目見て分かった。
「君がひろせの?
 俺は犬だけど同じ長毛同士、ひろせを可愛がってやってね」
俺を見て彼は小声で囁き軽く手を振ると、ラキを伴って隅の方に移動していった。

「君たちはここに座って見てて
 飲み物はここから自由にどうぞ
 外の車に軽食が積んであるから、お腹空いたら食べに行って」
和泉先生が俺達に話しかけてくれる。
俺も弘一君も緊張してガチガチに固まっていた。

「カズ先生のお孫さんなんだって?
 俺も久那も、先生には大変お世話になってるよ
 俺達だけじゃない、しっぽやの関係者は全員お世話になっている
 君が生まれる前にお亡くなりになってしまった秩父先生のことも併せ、秩父診療所には本当に感謝しているんだ
 カズ先生がいてくださらなかったら、皆が健康を保つのは難しいかもしれない
 大げさじゃなくね、カズ先生が皆を診てくれるから俺達は安心できるんだ」
弘一君に話しかけていた和泉先生が、一瞬俺に視線を向ける。
俺はその視線に答えるよう頷いた。

「カズ先生に困ったことが起こったら俺達が全力で助ける
 何かあったら頼ってくれ、ってカズ先生に伝えてね」
和泉先生に真剣な顔で言われ、弘一君は戸惑いながらも頷いていた。
「和泉先生、こっちのチェックお願いします」
スタッフに呼ばれ
「じゃ、また後で
 あー、そこ、もうちょっと奥に行かせられない?」
和泉先生はそちらに向かって歩いていった。


「もしかして爺ちゃんって、凄い人なのかな
 秩父総合病院がバックに付いてるから、道楽で診療所なんてやってるんだと思ってた
 急に休診にしたりしてるし」
弘一君は呆然と呟いている。
休診はしっぽやの新入りの健康診断のためだから仕方のないことなのだけれど、周りにそれを言うことは出来ない。
先生の個人的都合と言う理由で休診にしているのだ。
「道楽で人の命は診れないよ」
俺が言うと
「でも重症患者は皆、総合病院に投げちゃってるし
 何か大伯父さんとか秩父家の人、皆、診療所に甘いんですよ
 爺ちゃん、それに甘え過ぎてる気がして」
弘一君はまだ納得いかない顔だった。
「それはきっと診療所を立ち上げた秩父先生が、まだ皆に好かれているからじゃないかな
 その意志を継いだカズ先生を応援したいんだよ」
何か思い当たる節があるのか弘一君は緩く頷いた。

「かもしれません、未だに親戚が集まると『タカ叔父さんが』って話になるから
 医者、か…」
ちょっと考え込むような弘一君に
「秩父診療所を継ぐお医者さんになりたくなった?
 なら、うちの高校だとちょっと厳しいかも
 医大に合格した先輩の話なんて聞かないからさ」
俺はそう聞いてみる。
「あ、いえ、そんなつもりは…
 まだ、そんな先のこと考えたことないし
 ラキを助けられる獣医とか良いかな、なんて思ったこともあったけど、母を見てると大変そうで
 大変なことはやりたくないって、それこそ甘えなのかな…」
弘一君は写真を撮られているラキに視線を向けてそう答えた。
久那の指示だろう、ラキは同じ姿勢でずっと立っている。
堂々たるモデルっぷりだった。

「俺もね、尊敬してる人が居て、その人みたいになりたいって思ってた時期あったよ
 でも、どう頑張ったって適わないって思い知ってさ
 なら、俺は俺にしかできないことをやろう、って今は自分なりに頑張ってる最中
 出来ることだけやるって、甘えてるっぽい?」
俺が弱音を吐いたからだろう、弘一君は驚いた顔を向けてきた。
「だって、タケ先輩色んなことできるじゃないですか」
「俺の周りって凄い人だらけなんだ、自分の出来なさかげんに結構ヘコむ
 その人たちをモデルケースにしても同じ様になるのは無理だから、自分の得意分野を生かせる人間になりたいって今は思ってる
 道はまだまだ長いけどね
 弘一君もカズ先生やお母さんには出来ない何かを持ってるよ
 俺達まだ若いんだし、道を探りながら進んでいこう
 志望校は、今から固めなくたって大丈夫じゃない?」
弘一君はその言葉に『はい!』と元気に答え、頷いてくれた。


撮影は無事に終了し、スタッフの人が撤収作業をしている最中、和泉先生とラキを連れた久那が俺達の元に近付いてきた。
「お疲れさま、今日は本当にありがとうね
 和のテイスト入れるから、秋田犬はピッタリだったよ
 雑誌が発売したらしっぽやに持ってくから貰って」
満足そうな和泉先生に言われ
「あの、黒シリーズのジュニア展開楽しみにしてます
 高校合格したら、爺ちゃんに合格祝いで買ってもらいます」
弘一君が緊張もあらわに頭を下げた。
「え?カズ先生に買わせるのは申し訳ないな
 じゃあ、君が合格したら俺からカズ先生に一式送るよ」
太っ腹な和泉先生の言葉に
「俺、頑張って高校合格します!」
弘一君は、今日1番真剣な声で宣言する。

『目標があるからこそ頑張れることってあるよね』

俺にとって1番のご褒美のひろせの華やかな笑顔を思い出し、2人の未来のために俺も頑張らなきゃなと思うのであった。


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ