しっぽや5(go)

□和泉のアイデア
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「カズハは本当にハスキーが好きなんだね
 2人は割れ鍋に綴(と)じ蓋(ぶた)って感じ」
和泉さんはクスクスと笑いだした。
「カズハ先輩のハスキー扱い、プロの訓練士だった俺の爺ちゃんもかなわないもん
 ソウちゃんは優秀だから俺でもちゃんと飼えるけど、空とか絶対無理」
「あー、俺も久那が優秀だから何とかなってんのかも
 飼い主で1番優秀なのはカズハだね」
ウラと和泉さんの言葉に、2匹の飼い犬の顔には『1番優秀な飼い主は、自分の飼い主だ』とデカデカと書かれていたが空気を読んで何も言わなかった。
飼い主を誉められた空だけが
「そうなんだよ、和泉、わかってんじゃん
 カズハが1番最高の飼い主なんだ
 1番最高の飼い主がいる俺が、1番最高の化生だよ」
機嫌良く大きく頷いている。
久那と大麻生の顔の引きつりが、いっそう険しくなっていた。

「で、優秀な飼い主にちょっとお願いがあるんだ」
和泉さんが窺うように僕を見る。
「カズハ、久那の髪を切ってもらえないかな?
 今まで美容院でやってもらおうとしても、どうにも上手くいかなくて
 モデルさせるときに、たまには違うイメージでいってみたいんだよね
 ショートにしたらどうなるかとか、俺も見てみたいし」
そのお願いは考えてもみなかったことだった。
「無理です、ラフ・コリーのカットどころかボーダーコリーのカットすらやったことないですよ
 そもそも、ラフ・コリーはカットの必要がない犬種ですし」
僕は焦って否定した。

「シャンプーや換毛期の抜け毛取り、ブラッシングなら出来ると思いますが…
 化生にはどれも必要ないし」
オドオドと言う僕に
「そうなんだよね、そこが本当の犬と化生の違いだと思う
 実際のラフ・コリーにはカットが必要なくても、化生ならファッションでカットするのも有りなんじゃないかって」
和泉さんは根気強く話しかけてくれる。
「カズハ先輩、ふかやとか空の髪は切ってるんでしょ?」
ウラに突っ込まれ
「プードルはカットが必要な犬種だし、夏の暑い時期には空の毛先だけカットしてるけど」
僕は悩んでしまう。

黒谷と白久の髪をスタイリングしたときも、ほんの少しだけ毛先をカットしてワックスで固めてみた。
日野君と荒木君には大好評で嬉しかった事を思い出す。
化生なら髪を触らせてくれるので、ひろせの毛先も整えてみたことがあった。
タケぽんが喜んでくれて、初めての猫のカットに満足できた思い出もよみがえってきた。
「美容院だと久那の毛質に苦戦するみたいで、毛先以外断られるんだよね
 自分の腕を試すより、俺の専属モデルを台無しにする恐怖の方が大きいのもあるんだろうけど」
和泉さんは肩を竦めていた。
「それは、毛質がまったく違いますからね
 人間にはアンダーコートなんてないし、使う道具もカットの仕方も違うから思い切ったことは出来ないでしょう
 でも、カットの必要がない犬種を無理にカットするとみっともなくなるかも
 ショートにして上手くまとまるかな」
そう言いながら、僕は先ほどより肯定的な気持ちになっている。
無意識のうちにどうカットしてみようか考えている自分に驚いていた。

「みっともなくなったら、それをカバー出来るような帽子をデザインするのが俺の仕事だ」
和泉さんは笑って頷いてくれた。
「やってみなよ、カズハ先輩
 和泉は寛大な金持ちだし、失敗しても気にしないって
 上手くいきそうならソウちゃんもお願いしてみよっかな、今のままでも完璧に格好いいけどさ」
ウラの気楽な言葉に
「ウラが適当に切って久那の美しい髪を台無しにしたら、損害賠償請求するよ」
和泉さんは真顔で答えていた。

「やって…、みようかな…
 と言うか、やらせてください
 僕と化生の可能性を探していきたい、僕でも化生の役に立てるのかチャレンジしてみたいです」
頭を下げる僕に
「そうこなくっちゃ、そのつもりで今日の夕飯は前払いの奢りだよ」
和泉さんは悪戯っぽく笑ってみせた。
「カットして欲しいイメージのカタログとかあれば見せてください
 僕、本格的に化生のカットってしたことないし、人間用のカットはよく分からなくて
 イメージ掴めたら姉に相談してみます
 姉は人間の美容師だからアドバイスしてもらえると思うので」
「ヘアカタログのたぐいは持ってないな
 ファッション誌でも良い?」
「髪型が分かるものであれば、何とかなると思います」
僕は新しいことにチャレンジしようとしている自分を心地よく感じていた。

「カズハなら絶対失敗しないけどさ、ダメだったら久那もゲンみたくしちゃえば良いんじゃない?
 手入れだって楽だろ?」
空があっけらかんとした口調で言った言葉に、その場の空気が凍り付く。
「スキンヘッドの久那はちょっと…流石に似合う服とか思いつけない…」
和泉さんはうめくように囁いていた。
「空、スキンヘッドってマメに剃らないといけないし、手入れがけっこう大変なんだよ」
僕が解説すると
「マジ?知らなかった!ゲンって実は凄い頭なんだな」
空は悪びれることなく答えている。

失敗を恐れず常に前向きな空に側にいてもらえて、後ろ向きな僕はつくづく幸せだと感じるのだった。


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