しっぽや5(go)

□黒シリーズ
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side<HINO>

コンコン

昼のしっぽや事務所にノックの音が響いた。
こちらが応える前に扉が開き、モッチーが入って来る。
「あれ、今日のバイトは日野だけなのか
 和泉先生、もう来てる?」
目が合った俺にそう話しかけてきた。
「荒木は高校の時の友達と映画観に行くんで休みだよ
 つか、和泉さんここに来る予定あるの?」
俺はパソコンデスクから所長席の黒谷に視線を向けた。
「聞いてないけど、また、サプライズってやつじゃないのかな」
黒谷は肩を竦めて答えてみせた。

「あれ、そうだったの?話は通ってるとばかり思ってた
 和泉先生とここで待ち合わせしてて、控え室で一緒にランチしようって約束なんだ
 昼休みの時間延長していいから、少しゆっくりしてこいってゲン店長にも言われてるんだけど
 何か、喫茶店扱いして悪いね」
モッチーは苦笑気味に頭をかいている。

「モッチー!」
事務所のドアが勢いよく開き、飛び込んできたソシオがモッチーに抱きついた。
「ソシオ、化生は気が付けるけど一応ノックして
 依頼人が来てたらビックリさせちゃうでしょ」
「モッチーがランチ食べに来るから、俺、速攻で依頼達成してきたよ
 まだ子猫で好奇心旺盛だったの、下手すると飛び出して車に轢かれてたかも
 俺が助けてあげたようなものなんだ、偉い?」
黒谷の注意はソシオには全く届かず、ソシオはモッチーに『偉い』と褒められ頭を撫でられてご満悦だった。


「やっと登場だ」
黒谷の言葉の後にノックの音がして、大荷物を持った和泉さんと久那が事務所に入ってきた。
「遅くなっちゃったかな、ごめんごめん
 ランチデリバリーで驚かそうと思ったのに残念
 昼時だからお店が込んでてさ
 久那と手分けして色々買ってきたんだ
 いっぱいあるから、皆で食べよう」
和泉さんと久那はビニール袋を掲げてみせる。
それには牛丼屋とホカ弁のロゴが書かれていた。

『日野もいただくといいよ』と黒谷が勧めてくれたので、俺も和泉さん達と一緒に控え室に移動する。
「日野、この間はモデルありがとう
 『母の知り合い』って言っといたから、あの後、変な取材とか来なかったろ?
 最近じゃあの人も、一応は大御所扱いされてるからね」
和泉さんは悪戯っぽく笑ってウインクしてきた。
「大丈夫です、黒谷のこと記事にされるんじゃないかってちょっと心配だったけど
 だって黒谷、その辺のモデルよりよっぽど格好良いから」
俺が真面目に答えたのに、和泉さんはそれを聞いて爆笑し
「良いね、ナイス飼い主バカ!」
目尻に涙を浮かべながら、俺の背中をバンバン叩いていた。

お茶を煎れ、控え室にいた他の化生も交えて買ってきてもらった弁当を食べ始める。
「「和泉、久しぶり」」
「明戸も皆野も元気そうだね
 最近大麻生の飼い主に服を選んで貰ってるんだって?似合ってるよ
 対になるのも良いね、俺はお揃いで揃えてたからな
 ああ長瀞、ゲンちゃんの部下を暫く借りるよ
 店が忙しくなったら連絡するよう言ってあるから」
「和泉が戻ってきて、ゲンはとても嬉しそうです
 また語り明かしたいと言っておりました」
和泉さんは古い化生と親しげで、初期のしっぽやを支えていた大事なメンバーなのだと伺い知れた。

「イズミー、久しぶり!でもないのか?
 三峰様のお屋敷で、ついこの間も会ったもんな」
「空、3年前のことは『ついこの間』じゃないよ
 飼い主出来たんだって?心の広い人がいて良かったな
 まさか3バカトリオでお前が1番最初に飼ってもらえるとは」
「?俺達は三羽烏(さんばがらす)って呼ばれてたけど?
 そういや、何でカラスなんだろうな、俺達犬なのに」
首を傾げる空を後目(しりめ)に、和泉さんは俺に『やれやれ』と言った感じで首を振っていた。
確かにミイちゃんのボディーガードの3バカトリオじゃ格好が付かないから、三羽烏と呼ばれてはいたのだろう。
実際に空が一撃で人間を昏倒させた現場も見ているし、実力的にはそう呼ばれても良いくらいには強いと思う。

「ソシオはノリ弁にする?ノリの下がオカカご飯だから気に入ってただろ
 モッチーは牛丼?卵と紅ショウガもあるよ」
好きなデザイナー直々に弁当を手渡され、モッチーは恐縮しまくっていた。
「日野はけっこー食べるんだって?
 そういや、会場では皿に山盛りに料理のせてたね
 好きなだけ食べてよ、この量じゃ足りなかったかな」
かく言う俺も和泉さんの黒シリーズファンになったので、やはり緊張しながら弁当を受け取った。

和泉さんと久那はノリ弁を食べていた。
「和泉さん、ホカ弁なんて食べるんですね」
意外な気がして、思わずそう聞いてしまった。
「こーゆーのはね、誰かと食べた方がより美味しく感じるんだ
 岩月兄さんに教えてもらったようなものかな」
和泉さんはちょっと懐かしそうな顔になり
「日野やモッチーも何か美味しいものあったら教えてよ
 庶民の味的なやつね」
そう言って楽しげに笑ってみせるのだった。
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