しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈7〉
4ページ/4ページ

長瀞の飼い主のゲンは三峰様に気に入られ、無事に出資してもらえることになった。
化生の生活の拠点となる高層マンション建設計画は、順調に進んでいた。
和泉の方も順調に名を上げてゆき、ついに大きな店舗を持つことに決まったのだ。
そのお祝いに、と、ゲンと岩月が宴席を設けてくれることになった。
込み入った話もしやすいだろうと言う理由で、ゲンが三峰様と対面する際に利用した料亭を手配してくれた。



「では、新進気鋭のデザイナーの前途を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
ビールが入ったグラスを触れ合わせ、俺たちは乾杯する。
「新進ってのは言い過ぎだって、初めての服が店舗に並んでからそれなりに経ってるし
 色々やってみたくてモタモタしてるうちに、後輩に追い抜かされたりもしてるからなー」
和泉は苦笑して見せた。
「でも、今度の店舗は規模が違うんだろ?
 場所だって一等地だし」
「まあね、親父のコネが無い場所での独り立ちだから緊張はしてる
 久那が居てくれるから、心強くはあるけど」
和泉は隣に座っている俺に身を寄せてきた。
俺はその肩を優しく抱いて髪に口付け
「和泉のためなら、何だってするよ」
そう誇らかに宣言する。
「久那はずいぶんモデル業が身についてきたよね
 動作が優雅で洗練されてきてる」
岩月が言うと
「俺だって、新しい機械の操作すぐ覚えたよ」
ジョンが対抗するように俺を見た。
「そうだね、僕もジョンが居てくれるから心強いな」
飼い主の言葉ですぐにジョンの表情がゆるんでいった。

「ナガトも料理の腕がプロ並みなんだ、小料理屋でも開いたら大繁盛間違いなし!
 変な客に言い寄られたら困るから、用心棒に波久礼でも雇ってやるか」
「ミイちゃん雇った方が頼りになるんじゃない?
 この前行ったとき、ハスキーが吹っ飛ばされてるの見たよ
 キレイにすっ飛んでったなー、あのバブリーハスキー懲りない奴だ
 ソシオも慣れたもんで、スッと軌道上から避けてたな」
「三峰様ってお会いしたこと無いけど、凄そうな方だね」
楽しそうに盛り上がる飼い主たちを見て、俺たち化生も楽しい気分になっていった。

「でも、新しいマンションで暮らせないのは、ちょっと残念かな
 ゲンの働きの完成を見ずに行かなきゃならないから」
和泉の言葉で場が静まった。
「やだな、そんな顔しないでよ、今生の別れじゃないんだからさ
 落ち着いたら顔出しに来るってば」
慌てる和泉に
「寂しくなるね」
岩月がポツリと呟いた。
「もう、岩月兄さん、オーバーなんだから
 軌道に乗るまでは、店の近くに住んでた方が何かと便利だからさ
 こっちに支店持てるようになったら戻ってくるよ
 支店というか、俺としてはこっちに本店を構えたいし
 土地建物をゲンに管理してもらえば安心だからね」
「ちょ、ブランドショップの管理なんて荷が重そうなんスけど」
おどけたゲンの言葉で場の雰囲気が和やかなものに戻っていった。

「和泉がいない間は、僕とゲンちゃんがしっぽやを守っていくよ
 ゲンちゃんの友達も飼い主になってメンバー増えたもんね
 彼、会計士になったんでしょ?
 しっぽやの会計管理ばっちりじゃない
 あ、和泉が揃えてくれた服のメンテナンスは、僕とジョンがばっちりやっとくよ」
岩月の言葉の後に
「長瀞、気を付けて捜索してくれよな」
ジョンがじっとりとした視線を長瀞に向ける。
「和泉が選んだ服、あんまり汚さないでね」
俺もジョンに助勢するが
「善処します」
長瀞は猫らしいそっけなさを発揮して、平然とビールを飲んでいた。
「引っ越した後も良さそうな服を送るつもりなんで、岩月兄さん、管理よろしくお願いします
 白は多めに見繕っとくから、長瀞も白久も心おきなく捜索してよ」
「ナガトはまだしも、白久にはパジャマも送った方が良いんじゃないか?」
ゲンの言葉でまた場が盛り上がった。


化生してから初めて、仲間が居ない場所で暮らすことになる俺は今回の引っ越しに不安を感じていないわけではない。
しかし和泉と一緒にいられる喜びは、その不安を遙かに凌駕するものだ。
飼い主と共にありその助けになること、それは過去に出来なかったことをやり直せるチャンスだ。
その幸運を逃すつもりは無かった。
大きな期待と少しの不安を胸に、俺と和泉はこの街を後にしたのであった。



和泉があらかた俺たちの過去を語り終えると、若い飼い主達から感嘆のため息がもれた。
「黒谷から聞いてたけど、白久って本当に寝てばっかだったのな」
「昔から猫に大人気だったの、猫のために布団をやってあげてるんだよ
 ほんと優しいよね、白久は」
感嘆…ではなかったようだが、彼らが俺と和泉に向ける視線には当初よりも親愛がこもっていた。

「これからよろしくお願いします、先輩」
荒木と日野に改めて挨拶され、和泉の顔に優しい微笑みが浮かぶ。
「久那共々よろしくな、ちびっこ飼い主さん達
 俺より背が低い飼い主仲間が出来るとは思わなかった
 人生、何が起こるか分からなくて楽しいな、久那」
「俺は飼い主の側にいられていつも楽しいよ、和泉」
飼い主の晴れやかな笑顔に最高の幸せを感じ、俺はそう答えるのであった。


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ