しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈7〉
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side<KUNA>

久しぶりに顔を出した懐かしのしっぽやで、新たに飼い主になった人間達を相手に、飼い主である和泉が俺との出会い話を語っていた。
古い知り合いの黒谷と白久の飼い主達。
初めて会ったときの和泉より若く外見も幼いが、どう見ても今の和泉の方が可愛らしい。
『こーゆー感情、親ばかって言うんだって教えてもらったっけ
 でも彼らより和泉の方がキレイで可愛いって、客観的事実ってやつだと思うんだけどな』
話し続ける和泉に見とれながら、飼い主が語る過去に思いを馳せていた。



初めて会った彼に魅せられた俺は、気を引きたくて捜索を頑張った。
『モデル』なるものを頼まれたときも何をすれば良いのかサッパリ分からなかったが、和泉が望むよう振る舞うことを常に心掛けた。
人間の暮らしの真似事しか出来ない俺には、和泉の日常生活はわからないことの連続だった。
和泉の真似をして何とか乗り切っていたが、呆れられているんじゃないかと内心ではいつもビクビクしていたのだ。
でも和泉は俺のことを『好き』とか『付き合って欲しい』と言ってくれた。
体を重ね和泉と深く繋がれば繋がるほど、俺は彼と離れられなくなっていった。
どうすれば『付き合っている』という関係から『飼ってもらう』という関係になれるのか、飼い主がいる者の話をもっと真面目に聞いておけば良かったと後悔する日々が続いていた。


そんな俺達の関係に転機が訪れた。
それをもたらしてくれたのは、ジョンの飼い主の岩月だった。
和泉と岩月は一緒に買い物に出かけ、何か話し合ったようだ。
しっぽや事務所に服を届けに着てくれた和泉が、俺の過去を知りたいと言い出したのだ。
心の準備が整っていなかった俺は激しく躊躇するものの、『久那は特別』『何を聞かされても大丈夫』そんな真剣な和泉の言葉にやっと心を決める事が出来た。


言葉ではとても自分のことを説明できない。
和泉に理解してもらえる程の話術や知識がない俺には、記憶の転写をすることしか出来なかった。

あのお方との思い出の旅から戻ると、和泉は俺を『愛犬』と呼び『ずっと一緒に居て欲しい』と言ってくれた。
俺を恐れたり忌まわしいものだと思ったりしていない和泉に、心からの忠誠と愛を感じた。
飼い主としっかり抱き合いながら、俺は初めて化生して良かったと思ったのだ。


「コリーか…英国原産だったっけ
 シープドッグを勤められるほど賢くてタフな中に、英国紳士的な気品があふれてる
 イギリスって伝統あるのにロックやパンクも盛んな国だよな
 相反するイメージ、久那は本当に想像力をかき立てられる存在だよ
 こっちのイマジネーションセンスが問われるね」
和泉は俺の顔をマジマジと見つめ、優しく頬を撫でてくれる。
「俺のこと、怖くない?」
和泉がそう思っていないことは一目瞭然だったが、言葉で確認したくて思わずそう問いかけてしまう。

「うーん…、怖い、かな」
予想していなかった答えを聞いて、急激に心の不安が増していく。
「俺は久那に選ばれるに足る存在なのか、久那の誠意に答えられるのか、久那を幸せに出来るのか
 久那に幻滅されないよう振る舞うにはどうしたらいいか、久那は俺の愛を試す存在なんだ
 飼い主の資格を失い、去られてしまうのが恐ろしい」
「そんな、俺はいつだって和泉を愛してるし和泉が居てくれれば幸せだよ」
俺は慌てて言い募る。
「俺は、もっともっと久那を幸せにしたいんだ
 今のままでも幸せだけど、そこで停滞してちゃダメ
 どうせなら上を目指そう、久那には誰よりも幸せになって欲しいから
 これって、俺の我が儘?自己満足すぎる?」
伺うような和泉の視線に、俺は頭を振った。
「俺は自分よりも飼い主、和泉に幸せになってもらいたい
 そのためなら、俺は何だってやるよ」
「久那が幸せになる方が先」
「和泉が幸せになる方が先だよ」
「今まで不幸だった分久那が幸せにならなきゃダメ、俺は久那を飼えるから幸せなの」
「俺は和泉に飼ってもらえるから十分幸せ、和泉が幸せじゃないと俺も幸せじゃないよ」
暫く俺達は2人で押し問答を繰り広げていた。

やがて、どちらともなく笑いあってしまう。
「俺達って、そうとう幸せじゃない?」
「本当だ、俺、今はしっぽやの誰よりも幸せだ」
俺達は唇を重ね、互いへの愛を伝えあった。
「そうか、しっぽやの皆も久那と同じなんだね」
「うん、俺達『化生』って言うんだ
 再び人に飼われる日を夢見て人に化けて生きていく、そんな犬や猫がしっぽやの仲間だよ」
軽く重ねていた唇が、もっと激しい刺激を求めてお互いをむさぼりあい始めた。
「明日は、しっぽやを休みにしてもらったよね
 このまま一晩中しちゃおっか」
「和泉に幸せになってもらうために何度だって頑張る」
俺達は和泉の部屋のベッドに移動して、幸せな時を分かち合った。


和泉は俺の過去を知っても変わらずに愛してくれた。
いや『変わらずに』ではない。
以前より、もっと愛してくれるようになったのだ。
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