しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈6〉
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side<IZUMI>

俺は岩月の勧めで、恋人である久那の過去を聞く決心をした。
今まで、どんなに深く付き合っていても久那の『現在』しか知らないことが、心の奥に小さなトゲのような違和感となって突き刺さっていたのだ。
久那とは今だけの快楽を共に過ごすための存在ではなく、共に歩んでいくパートナーになりたかった。


「和泉と久那、帰りは僕の車で送ってあげる
 その方が早いでしょ」
岩月は買ってきた新しい服をクローゼットにしまい、洗濯物を纏めると笑顔で聞いてきた。
「オニイサンに甘えさせてもらいます」
心の闇を打ち明けてなお、親しく話しかけてくれる彼に俺は頭が上がらなかった。
「皆に似合う服を揃えてくれて嬉しいんだ、少しでもお礼がしたくてね
 久那と、うーん、なんて言うか、正式にお付き合いしてくれればもっと嬉しいよ」
岩月はジョンがいるのに、いつも久那のことを気にかけてくれている。
しかしそれはヤマシい思いを感じさせない、家族を思いやるような態度だった。

「久那、もう上がって良いよ
 和泉、お菓子ごちそうさま
 チーズ蒸しパンって、ビックリするくらい美味しいよね
 初めて食べてみたとき、『蒸しパン』の概念がひっくり返った
 チーズおかきとか、チーズたらとか、チーズの進化には目を見張る物があるよ」
控え室に入ってきた黒谷がニコヤカに話しかけてくれた。
気のせいか、その眼差しにはいつもより親しみが込められていた。
「久那、和泉は良い人だ、岩月も保証してる
 きっと大丈夫だよ、頑張れ
 親鼻の時に肝に銘じたんだ、早い段階で打ち明けた方が良いって」
黒谷の言葉に、久那は緊張で青ざめた顔で弱々しく頷いていた。

「じゃあ、そろそろ行こうか、忘れ物ない?」
岩月の言葉で俺と久那は慌ただしく荷物を纏め、しっぽや事務所のドアを開けて移動した。
階段を下りてビルを出ると、既に辺りは夜の帳(とばり)が下りて暗くなっている。
事務所にほど近い駐車場に止めてある岩月の車に向かい、俺達は無言で歩いて行った。


「2人とも、夕飯どうするの?」
走り出した車を運転しながら、岩月が話しかけてくる。
「また、デパ地下で弁当でも買おうかな
 それか寿司屋で寿司折りでも…なら、店で食べちゃった方が早いか
 久那は?何が食べたい?」
「和泉と一緒なら、何を食べても美味しいから何でも
 和泉の食べたい物を選んで」
久那は優しく微笑んで俺を見てくれた。

「オニイサンからの提案
 久那、今まで和泉に色々食べさせてもらったんでしょ?
 こんどは和泉に庶民の味を堪能してもらおうよ
 と言う訳で、ホカ弁なんてどう?やっぱり定番はノリ弁だよね」
岩月が言うと
「ノリ弁、美味しいよね!唐揚げと白身フライ、どっちが良いかいつも悩む
 コロッケと竹輪の磯辺揚げも入ってるのに、安いし
 帰って直ぐ温かいのが食べられるのが、また良いんだ」
久那が瞳を輝かせた。
「電子レンジが無かったときは、僕やジョンも大分お世話になったよ
 それは今でもか
 コンビニ弁当より、炊き立てのご飯を詰めてもらった方が美味しくて
 僕の家のレンジ、ファジーでビミョーだから
 和泉の家のは最新の高機能で、美味しく温め直せるね
 デパ地下の、元が美味しいお弁当だからかな
 和泉、ホカ弁なんて食べたことある?」
岩月に聞かれ、俺は少しの気恥ずかしさと共に首を横に振った。

「食べたこと無いけど、久那が美味しいって言うなら食べてみたい」
彼の顔を見つめ伺うように言うと
「和泉、ホカ弁で良いの?」
少し驚いたような表情になった。
「じゃあ決まり、途中で店に寄っていこう」
こうして俺は、初めてホカ弁なるものを食べることになった。

先ほどはしっぽや事務所で初めてチーズ蒸しパンを食べてみた。
確かに、価格を考えれば皆が絶賛するのも納得できる味だった。
『久那と一緒にいると、新しいことや自分の中の知らなかった感情を知ることが出来る』
その視野の広がりは、新鮮な驚きに満ちあふれている。
久那と一緒だからチープなことにもチャレンジしてみようと言う気になれるのだ、と俺は気が付いていた。


買った物が入ったビニール袋を手に、俺と久那は自宅マンションに帰ってきた。
カップの味噌汁も買ってきたので、お湯を沸かす。
テーブルに置いた弁当容器は、まだ十分に温かだった。
フレンチやイタ飯屋で初めてのメニューを出されたときより心が躍るのは、一緒に食べる相手が久那だからだ。
味噌汁にお湯を注ぎ、弁当のふたを開ける。
揚げ物と海苔の香りが食欲をソソった。
「「いただきます」」
白身フライに添付されているタルタルソースをかける。
コロッケにはソース、竹輪の磯部揚げには醤油、チープながら調味料がそれぞれ入っているのに感心した。

蒸気で多少湿ってはいたが揚げたての白身フライは美味しくて
「美味いじゃん」
思わず声が出てしまう。
「気に入ってくれた?良かった」
久那の笑顔で初めてのホカ弁は、この上なく美味しいものとして俺の心に刻まれたのだった。
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