しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈5〉
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「和泉は凄いね、本当に久那のことが好きなんだ
 今までこんなに積極的に彼らに好意を向けて、関わりたいと思った人っているのかな
 和泉を見てたら、最初の時の自分のジョンに対する態度とか、申し訳なくなってきたよ」
失礼なことをまくし立てた俺に対し、岩月はハニカんだ笑顔を見せた。
「和泉が辛くて不安なように、久那も辛くて不安なんだ
 今の和泉の真摯(しんし)な気持ち、久那が知ったらとても喜ぶと思う
 僕も、ちょっと感動しちゃった」
岩月の言葉は、俺には全く意図が読みとれないものだった。
「いや、ここは、怒るとか呆れるとかするところでしょ」
毒気を抜かれる俺に
「ああ、お金持ちはお金持ちで大変なんだね
 僕には向いてなさそう」
彼は気弱そうに笑って肩をすくめて見せた。
「僕も和泉を見習って、もっとはっきり自分の言いたいこと言わなきゃって勉強になったよ
 ありがとうね、少しずつでも頑張ってみる」
「岩月って、変な人…」
驚きのあまり俺はまた失礼なことを口走っていた。
「長年、根暗だったし変わり者なのは認めるよ」
岩月は俺に対して初めて自然な感じで笑いかけてくれた。

「改めてよろしく、和泉
 君が久那を受け入れてくれれば、僕達、もっと仲良くなれると思うな
 秩父先生と親鼻が居なくなって皆の心に空いた穴を、和泉と久那が埋めてくれると嬉しいよ」
「親鼻…?」
「親鼻も古い仲間だった、でも、秩父先生と共に還ってしまった
 いつか久那が全てを話してくれるよ
 それは、遠くない未来だと思う
 しっぽやの皆については、僕より久那から話を聞いた方が良い」
先ほどのような岩月の訳知り発言だったけど、俺は素直に頷くことが出来ていた。

「和泉、これから時間ある?
 善は急げ、良かったら今日にでも久那の話を聞いてあげて
 久那の方に話す覚悟があるかどうか心配だけど、久那もずっと不安を感じていたはずなんだ
 彼の過去についてどんなことを打ち明けられても変わらずに愛する、って伝えれば打ち明けてくれるんじゃないかな」
性急な岩月の言葉に俺は少し尻込みしてしまう。
「久那、俺に話してくれるかな
 俺になんか話すの無駄だって思わないかな」
俯く俺に
「久那が和泉にかける時間を『無駄』だなんて思う訳ない
 真実を知った和泉に怖がられることには恐怖するだろうけど」
岩月は根気強く話しかけてくれた。
「俺、何を聞かされても久那のこと怖がったりしないよ」
俺はきっぱりと断言した。
もし久那やしっぽやの皆が貧しさのあまり犯罪行為に手を染めたことがあったとしても、受け入れる覚悟は出来ていた。

「しっぽやに服を届けに行ったとき久那が控え室にいたら、和泉の覚悟を話してあげて
 久那が和泉の家に行くなら、明日は仕事を休みにしてもらおうか
 忙しかったらジョンに手伝いに行かせるし、黒谷は喜んで休ませると思うよ」
悪戯っぽく笑う彼に
「しっぽやのシフト、岩月が勝手に決めちゃって良いの?
 久那が怒られるのイヤだよ?」
俺も笑って聞いてみる。
「黒谷なら出会いの喜びを知っているから大丈夫
 それでも心配だったら、お金持ちらしく賄賂でも渡してあげて
 皆は最近、チーズ蒸しパンにハマってるって言ってたな」
「どこで売ってるの?伊勢丹?三越?大丸?」
「庶民の味方、スーパーマーケット
 しっぽやに行く前に寄っていこう」
岩月との会話は親しい友達との気軽なバカ話のようで、とても心地よく感じられるのだった。



夕方近く、俺達はスーパーに寄ってチープなお菓子や菓子パンを買い込んでしっぽやに向かう。
「カゴにあんなに入れたのに、5000円でお釣りがくるなんてビックリした」
「僕はお菓子類だけで3000円以上の買い物なんてビックリだよ」
俺達は顔を見合わせて笑いあった。
「和泉と久那なら大丈夫、きっと分かり合えるしお互い歩み寄れるよ
 年長者のカン、なんてね
 だって和泉は、僕なんかと仲良くしようとしてくれるんだもの」
「オニイサンには若輩者の暴言を許してもらったし、適わないって思い知った」
久那との対話に緊張してきていた俺の心をほぐすよう、岩月は極めて明るく話しかけ続けてくれた。


しっぽや控え室で、俺と岩月は買ってきた服を皆に着せてプチファッションショーを楽しんだ。
しっぽやの皆はピンとこない顔をしていたが
「本当だ、長瀞の毛色や優雅さが引き立つね、大麻生は刑事みたいに鋭い印象になる
 流石、ファッションデザイナー志望、皆の特徴とらえてる」
岩月が手放しで誉めてくれたので俺は満足することが出来た。

「久那にも似合いそうなのがあったから、買っちゃった
 久那は俺にとって特別だから
 だから、久那に何を聞かされても大丈夫
 久那のことちゃんと教えて欲しい、久那の全部が知りたい
 これから、家に来て話してくれない?」
俺は控え室の隅で彼の手を握り、美しい顔を見つめた。
「和泉を失うのが怖い、でも全てを受け入れて欲しい
 俺にとっても和泉は特別で、かけがえのない人だ
 俺の事を知りたいと言ってくれた和泉の気持ちに報いたい
 …どんな結果になろうとも」
久那は決心した顔で頷いてくれた。

「岩月に、久那は明日は休みにしてもらえって言われて、皆に賄賂を持ってきたんだ
 休ませてもらえるかな」
「もちろんだよ、黒谷に頼んでくる」
久那は軽いキスの後、事務所に向かっていった。
その後ろ姿を見ながら、俺の心はこれから聞くことになる久那の告白にうち震えるのであった。


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