しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈3〉
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「それじゃ貰いすぎだよ、だって俺、和泉にはもう貰ってるもん
 ミルクセーキ買ってもらったの、凄く美味しいやつ」
久那の言葉で、所長の顔がまた緩んだ。
「そうか、じゃあもう十分だね
 ありがとうございます、石間さん」
深々と頭を下げられ、このバカらしい押し問答はこれ以上進展させようが無いことを悟る。
「わかりました、料金はミルクセーキと言うことで了承です
 その代わり、彼に服を仕立てさせてもらいますから」
俺は久那を指さし、断固とした口調で言い切った。
2人は呆気にとられた顔をして
「「何で?」」
心底不思議そうに言ってくる。
「何でも何も、この人の背広、全然サイズが合ってないじゃないですか
 袖も裾もツンツルテン、生地も作りも安物の量販品、せっかく格好いいのに台無だよ!」
そう、俺は初めて久那にあったときからそれが残念で仕方なかったのだ。
色々事情があるのだろうと突っ込まずにいたのだが、ここにきて俺のモヤモヤが爆発してしまった。

「新郷と同じの着回してるから?でも俺、この色が落ち着くんだよね
 白久とか大麻生のだと、ズボンが緩くて歩いてると落ちてきちゃうし」
「久那、それ、2人には言わないであげて
 毛で誤魔化されてるけど、君の体型かなりスレンダーなんだから」
2人は何やらコソコソ話している。
確かに久那は身長の割にかなり細身なので、吊しの背広を選ぶのは難しそうだった。
犬や猫を探すとなると汚れることもあるだろうし、オーダースーツを着るわけにはいかないとは思う。
が、それにしたって、もう少し何とかならないものか。
俺は久那のコーディネートをしたくてたまらなくなっていた。
久那に似合う服をデザインしてみたい、それを卒業制作として発表したいとすら思っていたのだ。

「ここの仕事終わった後とか休みの日とか、少し俺に付き合ってモデルやってよ
 何着か作ってあげるから、それで今回の依頼料の件はチャラだ」
たんなる学生でしかない俺の尊大な申し出だったのに
「俺、また和泉に会えるの?もっと和泉と一緒に居られるの?」
久那は瞳を潤ませて感激しているように見えた。
「良かったじゃないか、石間さんのお役に立つよう頑張るんだよ」
所長はトンチンカンなアドバイスをしている。

かくして俺は『久那』と言う、どこかズレていて魅力的な専属モデルを手に入れたのだった。





それから久那と過ごす時間は、俺にとって楽しいものだった。
彼はかなり世情に疎く、時に祖父母と話しているような気持ちにさせられた。
家に連れて行って両親に紹介すると、始めは久那の大きさに怯えていた母親だが『なんてお利口さん』とすぐにメロメロになり、父親に至っては『健気で忠実な最高の友』と最初から手放しで気に入っていた。
格好悪いところを見られたと思ったのかストロベリーは慣れるのに少し時間がかかったが、ブルーとは直ぐに打ち解け一緒に散歩に行く仲になっていた。
俺も、優雅で優美でいてヤンチャで朗らかな彼に強く惹かれていく。
今までに出会ったどんな人間より、彼は俺の心を捕らえていた。
そして、彼の方も俺のことが好きだと言うことを隠そうともしなかった。
最初に会った時から、彼は一途で真っ直ぐな瞳を向けてくれていた。


そんな俺たちが身体の関係になるのに、長い時間はかからなかった。
父親は海外出張中、母親はダブルベリーを連れて泊まりがけでの新作撮影会、誰もいない自宅の自室というベタ中のベタなシチュエーション。
それまでも人目を盗んでキスくらいはしていたが、相手に対する想いが高まっていた俺達は、それだけでは満足できなくなっていたのだ。

もっと触れたい、もっと深く繋がりたい。
久那には少し窮屈な俺のベッドの中で俺たちは結ばれ、何度も何度も相手に対する熱い想いを解放する。
その想いは胸の深いところに降り積もり、燃え上がる情熱になっていった。

初めて久那に抱かれた後
「和泉どうしよう、俺、幸せすぎて怖い
 また、大事な人を守りきれなくて何も出来なくて、絶望の淵に落ちるのが怖いよ
 こんなにも和泉が好きなのに、ずっと和泉と居たいのに、和泉を守れるなら何だってする
 俺を置いていかないで、和泉
 俺の帰る場所でいて」
俺を抱きしめる彼の腕は微かに震えていた。
その言葉で、俺の他に彼に大事な人が居たらしき事がわかってしまったが
『でも、今の久那の隣にいるのは俺だ
 過去は過去、最終的に久那が選んだのは俺なんだ』
俺は相手に対して勝ち誇った気持ちになっていた。

「久那、愛してる、これからも一緒に居よう
 卒業制作の評価が良かったら、母親のアシストしながら自分のブランドを立ち上げるよ
 七光りだろうが何だろうが、一番手っ取り早いからさ
 また、モデルしてくれるんだろ」
久那の胸に顔を埋め、甘えるように囁いてみる。
「もちろんだよ、俺のすべては和泉のものだ」
その答えに大いに満足し、俺は安らかな眠りに落ちていく。

幸せに浸る子供の俺には、久那の葛藤を思いやることが出来ないのだった。


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