しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈3〉
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side<IZUMI>

飼っているロングコートチワワのストロベリーが、散歩中に大型犬に襲われて行方不明になってしまった。
兄姉のいない俺にとって妹にも等しい存在の安否が知れず、俺はかなり焦っていた。
自分で探してみたものの見つけることが出来なかったため、犬知り合いの言葉に従ってペット探偵に依頼することになった。


ケータイに番号を打ち込み、もどかしい思いでコール音を聞く。
5コール程で
『ペット探偵しっぽやです』
耳障りの良い男の声が聞こえてきた。
「すいません、迷子犬の捜索をお願いしたいんですけど大丈夫ですか?」
『はい、犬種といなくなった時の状況を教えてください』
俺がかいつまんで状況を説明すると
『ロングコートチワワ…洋犬ですね
 クニは違うけどクナかオオアソウ…毛が長いからクナの方が良いかな』
相手は専門用語的な事をブツブツと呟いていた。

『そちらに所員を向かわせますので、最寄り駅を教えてください
 申し訳ありませんが、その者にも再度説明をお願いします』
男の言葉を聞き『車で来るんじゃないのか、ポスターはよく見かけるけど小さいとこなんだな』そんな漠然とした不安を感じてしまった。
それでも他に探す手立てを思いつけず最寄り駅を伝えたら
『それでは所員が到着するまでお待ちください
 どれくらいで着くかな、電車が直ぐに来れば1時間かからないのかな
 僕はそっち方面に行ったことがないからよくわからなくて…
 向かわせるのは派手な感じの所員ですが、まじめな者なのでご安心ください
 まじめ…うん、羊の番を出来るんだからまじめで賢いのだと思いますよ』
「え?」
俺が突っ込む前に、通話は切れてしまった。

『え?ええ?何、ここ、本当に大丈夫なのか?
 今の電話で契約したことになるの?契約内容とか聞いてないんだけど
 料金とか期限とか、確認してないし
 ボッタクリの上、無能な奴が来たら訴えてやる
 こっちは知り合いの弁護士何人もいるんだからな』
居なくなってしまったストロベリーの心配に加え、余計な事をしてしまったんじゃないかという不安が俺をイライラさせていた。
トゲトゲした気分のまま、俺は駅に向かう。
途中でストロベリーを探せたら速攻帰ってもらおうと思っていたが、自分で見つけることは出来なかった。


駅の改札が見える場所で暫く待ってみる。
相手の外見情報は『派手な奴』で、待ち合わせている者の名前さえ聞いていないことに気が付いて自分のバカさ加減に呆れてしまう。
『動揺するにも程があるだろ、世間知らずのお坊ちゃまだと思われんのスゲー嫌いなのに』
相手への不満、自分への自己嫌悪、ムカムカする心に驚きが飛び込んできた。
駅の改札から派手な奴が出てきて、真っ直ぐに俺に向かって歩いてきたのだ。
茶髪、白髪、茶髪、そんな感じに染め分けられている長髪、ハーフかクォーターに見える日本人離れした整った顔立ち、190cm近くありそうな長身。
ダイナミックでいて優雅に歩く動作はモデルにも見えた。

『あいつが所員か、成る程、派手だわ』
俺は妙に納得してしまった。
俺の前に立った彼は瞳を輝かせ、心なしか頬を紅潮させている。
そのやる気にあふれた姿は好感を抱かせるものだった。
「初めまして、ペット探偵の方ですね
 電話で依頼した者です
 名前は石間 和泉(いさま いずみ)です」
先ほどの電話では名前すら名乗っていなかったと、また自分のうかつさ加減にガックリする。
「早速ですが現場の方に案内します、大型犬と喧嘩になって逃げてしまって
 あの、お名前って伺ってもよろしいですか?」
ペット相手なら企業秘密もないだろうが、一応下手に出て聞いてみた。

相手はハッとした顔になり
「あ、え、依頼人の方?何だっけ?そう、ロングコートチワワだ
 俺、頑張ります!貴方のために頑張ります
 俺、絶対、貴方のお役に立ちますから」
突然、猛アピールを始めた。
「そうだ、名刺、名刺を渡した方が良いって言われてた
 俺、影森 久那(かげもり くな)です
 影森は探偵ネーム?みたいなものなので、久那って呼んでください」
彼はポケットから取り出した名刺を、無造作に俺に差し出した。
悪い人ではなさそうだけど、どこかズレている。
そういえば、電話に出た人もそんな感じだったなと気が付いた。
『ペット探偵って、変わった人がなる職業なのかな
 人間相手の探偵なら、もうちょっと儀礼的な態度とるだろうに』
そう思うものの、彼に向けられた素直な好意のようなものが大型犬に懐かれたように感じられ、悪い気はしなかった。

現場に向かいながら
「あの、電話では料金の説明とかいっさい無かったのですが、基本設定はおいくらなのでしょうか」
後で法外な値段をふっかけられないよう、牽制をこめて聞いてみる。
「お金?出来高払いだって言ってたから、俺が直ぐに見つければ安くすむよ」
彼、久那は力強く頷いてくれるが
『いや、出来高払いってそういう意味じゃないと思うんだけど?』
俺は電話をかけた直後の不安とはまた違う不安を感じでいた。
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