しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈2〉
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俺がメインで世話をしているせいか、ダブルベリーは俺を『飼い主』母親を『姉妹』(しかも格下の)だと思っている節があった。
母親的には『娘』が欲しかったはずなのだが、『3姉妹』設定でも構わないらしい。
「ブルーベリーちゃん、今日はこっちのお洋服にしまちょうねー
 ストロベリーちゃんはほら、こっちのイチゴ柄」
母親は自分でデザインした洋服を取っ替え引っ替え着せていた。
その服を、ちゃっかり自分のショップの売りにもしているのだ。
ペット産業は景気が悪くなってもそれなりに賑わっているらしい。

「俺は犬に服を着せるのって、好きじゃないな
 そのために自前の毛皮があるんだろ?」
リビングで犬のファッションショーをする母親に嫌みったらしく言ってやる。
「毛皮って言ってもトイ・プードルはシングルコートだから、寒がりなの
 チワワはダブルコートだけど、南米原産だから日本の冬は寒すぎるわ
 ママが作ってるのは可愛いだけじゃなく、布地に拘った防寒にもなるお洋服なのよ
 ちゃんと着脱しやすかったり、裾を踏んで転んだりしないようなデザインしてるし」
エッヘンと胸を張る母親を、俺は少し見直していた。
「じゃあ、夏に着せる浴衣にも意味があるんだ」
感心して聞いてみたら
「あー、あれは、うーん、可愛い…から
 可愛い格好すると飼い主が喜んで、飼い主が喜ぶと犬も嬉しいじゃない
 持ちつ持たれつと言うか…」
母親の返事は歯切れの悪い物になる。
「結局、実用性じゃなく可愛さ重視なんじゃん」
俺は盛大にため息を吐くのだった。



その日の朝は、珍しく母親がダブルベリーを散歩に連れ出していた。
犬達が家を出てから30分くらい経っただろうか、そろそろ学校に行こうと玄関に向かった俺は母親の金切り声を聞く羽目になった。
「イズミちゃん、イズミちゃん、早く来て、イズミちゃん!」
「ちょ、近所迷惑だから」
慌ててドアを開けると、髪を振り乱した母親が泣きながら地団駄を踏んでいる。
転んだのか膝には血が滲んでおり青あざになっていた。
抱かれているブルーベリー(プードル)は出血し、母親の上着に血のシミをつけている。
「ストロベリーちゃんが、ストロベリーちゃんが」
子供のように泣きじゃくる母親から何とか話を聞き出すと、散歩中に同じく散歩中だった大型犬に襲われたらしい。
ストロベリーはチワワらしく少し気が強いところがあるので、喧嘩を受けてしまったのだ。
もっとも、果敢に戦う前にリードをかっちぎって逃走したそうだ。
いきり立つ犬達、止めようとする飼い主、現場は大混乱だったことだろう。

「とにかく、現場に案内して
 そのまま母さんはブルーベリーを病院に連れてってよ、自分の怪我の治療は後
 どう見たって、ブルーの方が重傷でしょ
 俺はストロベリー探すし、今日は学校休むからね」
俺はそう言うと母親に日頃使っているバッグと犬用キャリーバッグを持たせ、2人でマンションを後にした。


事件現場には犬の散歩で知り合った人が何人か居た。
しかし、うちの犬を襲ったと言う大型犬をつれている者は見あたらなかった。
皆、心配そうな顔で俺達を見ている。
道路に多少の血の跡があるのはうちの犬達の物のようだ。
「ストロベリーちゃん、戻ってこないのよ
 私も辺りを探してみたんだけど」
そう話しかけてくるオバサンは、ロングコートチワワを飼っている犬知り合いだ。
「あの飼い主、犬の制御が出来ないのに大型犬を飼っているから、いつかこんなことになるんじゃないかと思ってたよ」
シーズー飼いのオジサンが憤懣やるかたない、と言う感じで憤っていた。
「奥さん、ブルーベリーちゃんを病院に連れて行かなきゃ
 私も一緒に行くから大通りでタクシー拾いましょ」
興奮が去ったのか血塗れのブルーベリーを抱え呆然と立っている母親を、ポメラニアン飼いの奥さんが引っ張っていってくれた。

「俺もその辺見てきます」
ストロベリーも酷く噛まれたんじゃないか、道路に飛び出して車に轢かれてしまったんじゃないか。
駆けながら不安な思いばかりが頭の中をグルグル回っていた。
あちこち探し回るもののストロベリーを見つけることは出来ず、また事件現場に戻っていった。


落ち込んでいる俺の顔を見て残っていてくれた人たちの顔が、沈痛なものに変わる。
「ペット探偵に頼んでみる?ほら、私鉄の沿線にポスターが貼ってあるところ
 何かあったら、と思って、一応番号控えてあるの」
俺もそのポスターは見たことはあったが、中身までは覚えていない。
探偵崩れが『ペット産業の方が儲かりそうだ』と軽い気持ちでやっているんじゃないかと言う不安があったものの、俺が近辺を探すのにも限度があった。
『ポスター作って貼りまわってもらうだけでもありがたいか』
半ば諦めにも似た気分で、俺は持ってきていたケータイで教えてもらった番号に電話をかけた。

それが最愛の飼い犬になる『久那』との出会いをもたらすものになるとは、打ちひしがれていた俺には知る由もないのだった。


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