しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈2〉
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side<HINO>

黒谷とデートを楽しんだ次の日のバイト中、俺と荒木は新たな化生と飼い主に会うことになった。
月さんと親しいと言うことは、それなりに長く化生を飼っている人なのだろう。
彼らがどのように出会って、どんな風に絆を深め化生を飼うことにしたのか、最初から黒谷の飼い主としての自覚しかなかった俺には気になるところだった。


先に事務所の控え室にやってきたのは、ラフ・コリーの化生の『久那(くな)』だ。
初見の化生の犬種を当てることが出来て、俺はホッとする。
昨日買った本に『映画の有名犬』のコーナーがあってパラ見していたし、黒谷が『ラッシー』と言うヒントをくれていたから判断が付いたのだ。
今までペットを飼ったことがなく、荒木やタケぽんに比べ知識が劣っていると感じていた俺にとっては嬉しい出来事であった。

暫くは控え室でひろせお手製クッキーと俺の淹れた紅茶を楽しんでいたが、久那の飼い主がしっぽやにやってきた。
久那にリードされ控え室に入って来た飼い主を見て、俺も荒木もどう反応して良いかわからなかった。
ナリのような髪型であるものの、その髪は柔らかく波打っている。
彼の長い睫に赤い唇は、西洋人形を思わせた。
長身の久那と並ぶとかなり小柄で、その整っている顔は老成しているように見えるが、荒木に『高学年用子供服のモデルにならないか』と声をかけた時には悪戯っぽい表情に変わっている。
月さんよりは若そうだけどゲンさんと比べるとどうなのか、何とも年齢不詳な人だった。

荒木は彼に近づいて、マジマジと頭頂部を見ていた。
いや、頭を見ているのではなく身長を測っているようだ。
荒木を指標にし、俺も彼の身長を割り出してみた。
『168cm前後ってとこだな、ここの猫達と似たり寄ったりか』
俺も荒木も飼い主の中では背が低いことを気にしていたので、160cm台の飼い主は大歓迎、と言ったところだった。

名乗りを上げた俺と荒木と同じように
「石間 和泉(いさま いずみ)、久那の飼い主です」
和泉さんも名乗りを上げる。
その口調や態度には『化生の飼い主である誇り』のようなものが感じられ、俺は一気に親しみがわいてきて彼を身近に感じる事ができた。


「ファッションデザイナーなんですね」
スポーツ系のメーカーならまだしも、ブランド服に興味がないのでまったく知らなかった。
荒木も同様だろう。
「まあ、学生向けって訳じゃないからね
 ロンティとかならいけるかなって思って何種類か出してみたけど、反応今一だったし」
和泉さんは肩を竦めて見せた。
久那もそうなのだが『業界人っぽいワザトラシいオーバーアクション』が会話に時々挟まれてくる。
しかし化生の飼い主だと知っているので、それは嫌みなものではなく対外的なポーズなのだろうと察しが付くので逆に微笑ましかった。
「因みに、久那が着てるこのロンティで8000円なんだけど、どう思う?」
俺と荒木は困った顔を見合わせた。
久那が言っていたとおり背伸びすれば買えない額じゃ似けれど、正直その金額を出しても良いと思えるほど魅力的には感じなかった。

「ダメかー」
和泉さんは大きなため息を付いた。
「学生君には『ブランド』ってだけじゃ響かないんだよな
 そもそもこれ、洗濯に強くて型くずれしにくいって母親に向けたコンセプトが大きいからさ
 息子に買うには高かったかな」
考え込む和泉さんに
「流石にこの年になると、母親が買った服を着るとかないです
 確かに、洗濯は母親任せだけど」
荒木がモジモジと口にする。
「俺も、大物以外は自分で買ってます
 今はバイトしてるけど、前は普段着とかにあんまり出せる余裕無かったから、ブランド系はちょっと…」
俺の言葉で
「そっかー、しまったな、自分を基準にしたのが敗因か
 俺ん家、ちょっと特殊だったんだ
 貴重な意見、ありがとー」
和泉さんはハッとした顔になり、俺達に頭を下げてきた。
「あ、いや、全然、大したこと言えなくてすいません」
思わず俺達もペコペコと頭を下げていた。

「和泉のデザイン、ソシオの飼い主には好評だったじゃない」
久那が取りなすように言うと
「え?ゲンのとこの彼、ソシオの飼い主?ソシオ、飼い猫になれたの?
 じゃあお祝いに新作でも一式プレゼントするか
 俺達が離れてる間に、ここも変わったなー
 新しい飼い主増えたみたいだしさ、喜ばしいことだ
 でも、岩月兄さんとジョンは変わってないね」
和泉さんは懐かしそうに月さんを見た。
「和泉と違って、随分オジサンになったよ
 和泉は最後に見たときと変わってなくて驚いた」
「かなり化粧で誤魔化してるからね、こーゆー職業なもんで」
ペロリと舌を出してみせる和泉さんは、それでも若々しく見えた。

「お前の親父さんみたいな天然若作りは、そうそういないみたいだぜ」
こっそり荒木に耳打ちすると
「親父には、顔より中身が大人になって欲しい」
憮然とした顔で答えるのだった。
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