しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈1〉
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「どうぞ」
日野が紅茶の入ったカップを久那と俺の前に置き、俺の隣に座った。
「ありがとう」
久那は優雅な動作でクッキーを口にする。
「新人猫お手製アイスボックスクッキーか、キレイに出来てるし味のバランスも食感も良い
 良いセンスをしてるようだね」
久那の言葉に
『ひろせ、新人と言うには馴染みすぎてるんだけど
 俺にとってはソシオの方が新人っぽく感じるな
 でもソシオは古い化生だから、化生の中では古株扱いなのか』
ついそんなことを考えてしまう。
日野を横目で見ると、同じように何とも言えない表情をしていた。

そんな俺達の顔を読んだのか
「俺は大麻生と同じ時期に、ここに来たんだ
 映画に出ていた犬と同じ犬種だって、ちょっとは騒がれたよ」
久那はそう言ってウインクして見せた。
「もっとも、本職の警察犬だった『刑事犬』大麻生に比べれば、俺にはこれといって得意な事が無かったけどね
 日本のドラマとアメリカの映画って違いもあって、大麻生の方が他の奴らにはより身近なスター犬に感じられたんじゃないかな
 だからと言って、仲間外れみたいな扱いを受けた訳じゃない
 俺も普通に馴染んでたよ
 飼い犬になって飼い主の仕事の補佐をするまでは、しっぽやで迷子犬を探してたしさ」
久那は紅茶を飲んで『良い香りだね、好みのフレーバーだ』と微笑んだ。

「飼い主さんって有名な人なんですか?モッチーがファンだとか」
日野がためらいがちに口にする。
それは俺も気になっていたところだった。
「ファッションデザイナーだよ
 まあ、ファッションだけじゃなく何でもデザイナー、って感じかな
 こだわり屋だし、色々自分でやりたがるんだ」
飼い主の話題になったせいか、久那の表情は幸せそうに和らいでいた。
「この服も和泉のデザインなんだけど、知らない?
 そんなに高くないから、学生でも背伸びすれば買えると思うよ
 『IZUMI・ISAMA』
 ダブル『I』なんて呼ばれ方もするかな
 俺の飼い主、石間 和泉(いさま いずみ)って言うんだ」
そう教えてもらっても、俺にはピンとこなかった。
「うーん」
日野も同じようなもので、少し困った顔をしていた。

「最近は雑貨のデザインもしてるんだけどなー
 特集されてる雑誌、持ってくれば良かった
 飼い主とお揃いコーデ、ってペット用の服もデザインしててさ
 俺、たまにペットコーナーのモデルやってんだ
 もちろんこの体だから飼い主用の服を着てね」
久那は悪戯っぽく笑った。
「モデル!だから動作が優雅に見えるのか」
俺はやっと合点がいった。

「和泉が店を出して俺はその手伝いのためここから遠い街で暮らすことにしたんだ、それが8年前のこと
 しっぽやから遠ざかってたせいで、今は何だか浦島太郎になった気分だよ
 俺の知らない新しい化生や飼い主が沢山いる
 でも、知った顔も居る
 ジョン、岩月、久しぶり」
久那に親しげな視線を向けられ
「和泉の活躍、メディアでチェックしてたよ
 すっかり有名人だね」
月さんはニッコリ笑ってそう言った。

「あ、和泉が来た」
久那が顔を輝かせて立ち上がり控え室から出ていくと
「ここに置いてある服、和泉が用意してくれた物が多いんだ
 飼い主が居ない化生は、どんな服を買えばいいかよく分からないから
 それに、僕の店でも洗いやすそうな素材を選んで貰ってるから助かってるんだ」
月さんが教えてくれた。
以前白久は『事務所のクローゼットに入っている服を適当に着ている』と言っていたが、サイズや色合いがここにいる化生に似合っていると思っていた。
ゲンさんが用意しているのかと思っ
ていたのだが
「ファッションデザイナーが選んでたのか」
俺と日野は驚きと共に納得した。


控え室の扉が開き、久那に手を取ってリードされながら和泉さんが入ってきた。
何だかファッションショーの最後にモデルに囲まれてデザイナーが歩いているようだった。
ナリのような髪型だけど、髪がウェーブしているので全く違った印象を与えている。
意志の強そうな瞳が印象的な整った顔立ち、でも、いくつくらいの人なのか年齢不詳だった。
長身の久那と並んでいる為にとても小柄に見えるのも、年齢不詳に拍車をかけていた。
『いや、小柄に見えるとかじゃない』
俺は思わず立ち上がって和泉さんに近づいていった。
『この人、親父と同じくらいの身長だ!ってことは俺と3cm前後しか違わない』
不躾にジロジロと見つめてしまった俺に
「君、可愛い顔立ちだね、高学年用子供服のモデルやってみない?」
彼も失礼なことを言うのだった。

「和泉、荒木君はこう見えて春から大学生なんだよ」
月さんがやんわりと窘(たしな)めて(?)くれる。
「大学生?もしかして白久の飼い主?
 3年寝太郎よりも寝てる白久が、よくこんな可愛い子発掘出来たね」
呆れたような和泉さんに
「でも、和泉の方がもっと可愛いよ」
久那がすかさずそう言った。
和泉さんは少し照れたように久那の手を撫で
「失礼、石間 和泉、久那の飼い主です」
俺に誇らかに宣言する。

それが新たな先輩飼い主との初対面になるのだった。


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