しっぽや5(go)

□春休み・ハッピーラッキーワーク
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依頼人の家に到着し、部屋の窓やドアがきちんと閉まっている事を確認すると子猫をバッグから出してやった。
申し訳ないけれど人見知りする先住猫のために、タケシには玄関先で待機していてもらっている。
『帰ッテキタノカ、セッカク静カニナッタノニ』
迷惑そうな言葉とは裏腹に、彼からはホッとしている気配が感じられた。
『じいじニ、むいむい、アゲタカッタ、ノ
 ゴメチャイ、トレナカッタ』
子猫は早速、老猫の尻尾にジャレついていた。
『ワシハ虫ハ好カン、汚ラワシイ』
『むいむい、楽シイヨ、ぷちゅっテナル』
何だか平行線なコンビだけれど、きっと今までの関係より上手く行くのではないかと思われた。

その後、依頼人に書類を作成してもらい成功報酬を受け取ると、僕達はしっぽやに帰るために歩き始めた。
「今回って俺達の最短成功記録じゃない?
 あの子猫、リンクスティップがあったね
 飼い主さんデカ猫好きだし、大きくなりそう」
タケシはクスクス笑っていた。
「気が付きましたか、猫種が近かったおかげで気配を捕らえやすくて助かりました」
「ノルウェージャンにもあるから気になるチャームポイントだよ
 もっとも個体によるみたいだけど
 リンクスティップって、メインクーンやサイベリアンの方が一般的かな」
タケシは僕を飼うようになってから、大型長毛猫のことを色々調べているので詳しいのだ。
ペット探偵としては、種類によっての差異を知っておくことも大切なことだった。

「さっきはタケシが車を止めてくれて助かりました
 僕はそんなこと思いつきもしなかったです
 もし、あの車に子猫が轢かれてしまっていたらと思うと、今更ながら震えてしまって」
依頼主の家を出て緊張が緩んだのか、僕の腕は小刻みに震え始めた。
「駐車場から飛び出したあの子を、ひろせが捕獲してくれて助かったよ
 俺が駆け出したら、驚いてさらに逃げられてた
 猫の扱いに関してはひろせの方が適任だよね
 せっかく2人いるんだし、今は役割分担して探すのが良さそうだ」
タケシは僕の腕を労るように撫で、励ましてくれる。
おかげで僕は直ぐに平常心に戻ることが出来た。

「タケシにもっと正確な情報を伝えられれば、効率的ですよね
 情報を共有出来るよう、もっと深く繋がる練習をしないと」
「帰ったら、次の依頼がくるまで、またイメージトレーニングしよう」
飼い主からの嬉しいお誘いに僕は笑って頷いた。
「体の方は、タケシと深く繋がれているのですが」
小声で囁くと
「うん、それは俺もそう思う」
タケシは赤くなりながら小声で答えてくれた。

「今夜も、泊まっていってくれますか」
甘えるような僕の問いに
「…泊まっちゃおうかな、春休みだもんね
 ひろせを飼うことになった記念の休み、って言っても過言じゃないと思うし
 そっか、もう1年経ったんだ」
タケシは感慨深げに呟いた。
「まだ、1年です
 もっともっと、ずっと一緒にいるんですから」
あのお方と共に過ごした時間より、タケシと過ごす時間が増えていくことが今の僕の喜びになっていた。
いつか長瀞のように、タケシとの時間が化生する前に飼われていた時間より長くなる日がくるだろう。
どちらも大切な時間であることには変わらないけれど、誰かを必要とし必要とされる時間は自分の存在意義なのではないかと思うのだ。

「春休み中は、お祝いで贅沢をしましょう
 1周年記念って、お店だと1ヶ月くらいお祝いしてますものね」
「よし!じゃあ早速、1周年記念のケーキを買って帰ろう
 皆の分も買えば買い出し業務の一環で、サボリじゃないしさ
 いつもより早い時間の買い物だから、出来立てがあるかも」
「業務の一環だけど、プチデートですね」
僕はタケシの腕に自分の腕を絡め、クスクス笑ってしまう。
「2人で捜索すれば、こんなご褒美もある
 そのためにはやっぱり、コンビとして一目(いちもく)置かれる存在にならないと」
「俺達なら出来るよ」
僕達の可能性を信じ切っている飼い主の言葉が、誇らかな輝きとなって胸に光っている。
「はい」
その光を消さないよう、2人なら頑張っていけると感じていた。


ケーキを買ってしっぽやに戻った後、僕達はさらに2件の依頼を受けて見事達成してみせた。
猫の依頼件数の問題もあったけれど双子の依頼達成件数は2件で、僕達は初めて彼らを抜くことが出来た。
「明日は負けないからな、今日はケーキに免じてひろせに勝ちを譲ってやるよ」
明戸が親しげに僕の肩を叩き
「違う道から挟み撃ち出来ると、かなり有利になりますよ」
皆野がそうアドバイスしてくれる。
「今日は挟み撃ちの必要性をつくづく感じました」
「午前の依頼は、俺達だからスムーズに出来たんだもんね」
僕達もコンビとしての返答を返した。


業務終了後、マンションへの道を歩きながら
「今日の仕事は充実してたなー、明日も頑張ろう」
タケシが満足そうに伸びをした。
「寝る前に、もう少し頑張ってもらえますか」
「今日1番頑張っちゃうかも」
心地よい疲れと更なる興奮を感じ、僕達の足取りは軽くなるのであった。


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