しっぽや5(go)

□春休み・ハッピーラッキーデート〈 side B 〉
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日野の希望で串揚げ食べ放題を楽しみ地下食品街とパン屋で買い物をして、僕達は影森マンションの部屋に戻ってきた。
日野は持参していたブレス用のゴム糸を使い、早速ブレスを組んでくれた。
「手首の大きさ見させて」
声をかけられるたびに手を差しだし何度か試行錯誤した末に、ブレスが完成する。
ラピスの引き締まった紺と金、アマゾナイトの柔らかな水色、色が重くなり過ぎないよう多めに配置された透明な水晶。
それはすっきりと爽やかな印象を与えるものだった。
「調整って言うのは、自分でやってね
 俺は今、ナリに教わってる最中でまだ上手くできないから
 今日はクラスターの上で休ませておこう」
日野はそう言うと一緒に買ってきていた水晶のクラスターの上にブレスを置いた。
「ありがとうございます、大事にいたします」
飼い主からの手作りプレゼントに胸がいっぱいになり、僕は心からの感謝を述べた。

余った石を使い日野はまだ何かを作っていた。
僕は邪魔をしないようキッチンに行き、日野のためにインスタントカプチーノをいれる。
パン屋で買ったラスクとアップルパイを一緒にトレーに乗せ飼い主の元に戻ると
「パーツ多めに買っといたんで、天然石ストラップ作ってみたよ
 2個あるからお揃いでスマホに付けよう」
日野がストラップを差し出してくれる。
「手作りのお揃い品…幸せです」
感極まる僕に『大げさだよ』と言いながらも日野は嬉しそうだった。

お揃いのストラップを付けたスマホを並べ、その幸せな光景に僕達は微笑みあった。
お茶の時間を楽しみながら
「この後は何をしますか?今日はとことんおつき合いいたします」
僕はそう聞いてみる。
「俺のことばっかり優先してるけど、黒谷はそれで楽しいの?
 俺も黒谷のやりたいことに付き合うよ?」
逆に聞き返され、僕は悩んでしまう。
「飼い主からプレゼントもいただけたし、美味しい物を食べることも出来たし大満足な1日です
 夜には僕が選んだ首輪を付けた日野とのお楽しみもありますしね」
僕の言葉で、日野の頬が赤く染まっていた。

「一息付いたら走りに行くのはどうでしょう
 犬にとっては飼い主との散歩は、とても贅沢な時間です」
「うん、部活なくて体がナマってたから俺も思いっきり走りたい
 まだ明るいし、ちょっと遠いけど土手の方まで遠征してみるか
 あそこならランニングしてる人も多いから、全力ダッシュしてもトレーニングしてるみたいに見えて黒谷のスピードも目立たないよ」
それは魅力的な提案だった。


テーブルの上を片付けランニングウェアに着替え、スマホと財布とタオルを持って僕達は再び外に出かけていった。
20分くらいは普通に歩き、それから徐々に速度を上げていく。
土手に着くと2人とも本気で走り始めた。
何人もの人間を追い抜いていくが、日野の言った通り何かの選手だと思われているようで不審な目で見られることはなかった。
1時間ほど走り、心地よい疲れを感じながら休憩する。
自販機でペットボトルを買って喉を潤した。
「こんなに走ったの久しぶり、気持ちよかったー
 でも、やっぱ犬にはかなわないや」
満足そうな息を吐く日野に
「僕も久しぶりに走りました、飼い主とする運動は最高ですね
 日野はかなり早いと思いますよ、つられて全力疾走してしまいました」
僕は笑顔を向ける。
「犬に走りを誉められるって、嬉しいかも」
日野は悪戯っぽそうに笑ってくれた。


すっかり暗くなった道を歩き夕飯を食べる店を探す最中、懐かしい佇まいの定食屋を見つけ少し歩みが遅くなってしまった。
「ここで食べたい?」
直ぐに気が付いた日野が声をかけてくる。
「いえ、日野向きのお店ではないかと」
慌てて否定するが
「チェーン店じゃない定食屋、昭和って感じだね
 良いじゃん入ってみよう」
日野は先だって引き戸を開け店内に入っていった。

席について手書きのメニューをながめ
「すげー美味そうじゃん、俺、トンカツ定食に唐揚げ付けよっと
 黒谷はどうする?」
「僕はホッケの塩焼き定食に、焼き鳥を付けます」
店主に注文を告げると『あいよ!』っと威勢の良い返事が返ってきた。
料理が出来上がるのを待ちながら
「以前に入ったことのある店と似た感じがします
 あの時は岩さんの見よう見まねで注文したものです」
僕は感慨深く店内を見回した。
「岩さんって月さんのお祖父さんだっけ」
「はい、戦後の僕達がとてもお世話になった方です」
あれから長い時が流れた。
「また来ようよ、俺も黒谷が体験したことを辿りたい」
優しく見つめてくれる飼い主と巡り会えた幸せを、孤独な過去の自分に教えてあげたかった。


僕達は懐かしい夕飯を楽しみ帰路につく。
部屋に帰りシャワーを浴びて汗を落とすと、お互いにプレゼントしあった首輪を付けてみた。
思った通り、赤い首輪は日野にとても似合っていた。
日野が僕に選んでくれた首輪も赤だった。
「僕達、またお揃いですね
 今日は本当に良い休日でした」
「俺にとっても今日は最高の1日だったよ」

お互いの姿に見とれ熱く唇を合わせると、僕達は本日最後の楽しみの時間に突入していくのであった。


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