しっぽや5(go)

□新たな仲間と先輩の仲間
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「ふかやの健診、あれでわかるのかなって思ったけど、大丈夫だね
 検査受けながら少し話したら、カズ先生は子供の頃から親鼻という化生を身近にしていたらしいよ
 健康な化生がどんな状態なのか、無意識だろうけど彼に当てはめて判断しているみたいなんだ
 それに毛艶とか耳垢とか言ってたでしょ
 それって完全に、犬猫の健康診断で診る項目だよね
 何となく分かってるんじゃないかな、化生のこと」
ナリは考えるようにそう言った。

「俺も思った、しっぽやの所員は人間とは何か違うと感じていても、それはカズ先生にとって問題じゃないんだ
 あくまでも問題は『自分の診ている患者が健康であるかどうか』に尽きるんだろうな
 仲間が健康であることを望んだ化生の言葉を、叶えてやりたいと頑張ってるんだ
 俺が生まれるずっと前から化生を守ってくれていたんだよ、あの人は」
モッチーが少ししんみりした感じで言葉を続ける。
「良い先生だよね」
「ああ、信頼できる医者だ
 化生を飼ってなくたって、俺たちの仲間で先輩だよ」
飼い主たちは尊敬の眼差しを診察室の扉に向けていた。

「モッチーが信用するお医者さんなら、俺も信用する
 アンコもくれたし、俺のこと買い取りたいって言わないし
 カズ先生は良いお医者さん」
ソシオはにっこり笑って言った後
「それに、秋田犬を可愛がってるしね
 親鼻って虎毛の秋田犬だったんだって、先生、まだ親鼻のこと忘れてないんだよ」
少し切なそうな顔になる。
僕もそれを聞いて切ない気持ちになった。
僕たちは飼い主が忘れられず化生した。
飼い主が好きで好きで化生した。
そんな化生を忘れずにいつまでも想い続ける人間がいてくれる。
二度と会えない存在を想い続ける悲しみと狂おしいまでの愛おしさは、僕も知っていた。
僕は人間のカズ先生が、少し身近に感じられた。

「カズ先生は親鼻のこと…」
言いよどんだナリの言葉の続きをモッチーが呟いた。
「好き…だったのかもな
 しかし化生は飼い主以外をその対象としてはみない
 飼い主のいる化生相手には、どうしたって永遠の片思いだ
 片思い…それでも想うことを止められなかったんだな」
気のせいかモッチーの言葉には、少し苦いものが混じっていた。


それから30分くらい後、飼い主たちの検査結果が出たとカズ先生が伝えにきてくれた。
『プライバシーの問題』とかで、ナリとモッチーは検査結果を聞くため別々に診察室に入っていった。
説明を聞き終えたモッチーと一緒に、カズ先生も待合室にやってくる。
「今日はお疲れさま、皆、特に問題なくて良かったよ
 また来年やるから、おいで
 今度もアンコ系のお菓子を用意しておくね
 お菓子の金額込みで健診の料金貰ってるから、遠慮なく食べてって
 しっぽやは気前が良いよね、小さな町医者にはありがたいスポンサーだよ
 不定期で少人数の健康診断だから、こっちは楽できるしさ」
朗らかに笑う先生に
「今日はほんとうにありがとうございました」
「何かありましたら、よろしくお願いします」
飼い主たちは深々と頭を下げていた。
「「ありがとうございました」」
飼い主を真似て僕とソシオも思いっきり頭を下げた。

「ボクは形成外科は専門じゃないから、モッチー君がまたバイクで事故ったら秩父総合病院に行ってね、紹介状書くから
 風邪くらいならいつでも診るけどさ」
カズ先生は悪戯っぽい笑みを浮かべ、モッチーを見る。
「俺が事故るの前提ッスか」
苦笑するモッチーに
「いやー、あの傷、まだ生々しかったから、ついね」
先生はハハッと笑って頭をかいていた。

「カズ先生、この後はご予定がおありですか?」
ナリが訪ねると
「いや、特に無いね
 孫のとこに行ってラキの散歩にでも付き合うか、買い物ついでに早めの夕飯を食べにいこうか、寿司折りでも買って帰って家でダラダラしようか悩み中かな
 しっぽやの健康診断の日は奥さんに羽伸ばしてもらってるから、帰っても1人なんだ
 こう言うと、孤独な老人っぽくて我ながら寂しいな」
カズ先生は照れた笑みを見せる。
「寿司折り…」
二ヤッと笑ったモッチーを見て、皆、行きの車の中での彼の言葉を思い出していた。

「カズ先生、俺たちこれから回転寿司行こうと思ってたんです
 ご一緒しませんか?
 車の運転はナリがするので安心してください」
「帰りはご自宅まで送っていきますよ」
「カズ先生、何が好き?俺、中トロとイクラとサーモンと…色々いっぱい好き!」
「僕はアナゴの1本握りが好きなんだ、あれだとアナゴの端っこまで食べられて得した気分になるし
 巻き寿司も美味しいよね」
僕たちが一斉に話しかけると先生は驚いた顔になった後、嬉しそうに笑ってくれた。

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな
 僕はしめ鯖とかコハダとかアオヤギが好きだな」
「カズ先生、通っぽいスね
 俺は貝ならホタテが良いかな」
「それでは、カズ先生の準備が終わったら出かけましょうか」


それから僕たちは、同じ想いを知っている頼れる仲間とともに夕飯を楽しむのであった。


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