しっぽや5(go)

□新たな仲間に習う未来
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side<HINO>

「それじゃ、行ってきます
 帰ってくるまで事務所の方お願いしますね」
緊張と嬉しさで頬を紅潮させながら、後輩であるタケぽんが彼の飼い猫のひろせと共に事務所のドアを開けた。
最近タケぽんは『アニマルコミュニケーター』能力を伸ばすため、訓練としてひろせと一緒に捜索に出ているのだ。
「ああ、気を付けて行ってこい
 あんま挙動不審な動きするなよ、ひろせまで怪しまれる」
俺の冗談混じりの注意に
「気を付けます」
タケぽんは緊張した顔で真面目に答える。
一応、辺りをウロツいていてもあまり不審がられないよう高校の制服を着用していた。
2人はドアの前で見つめ合い頷くと、事務所から出て行った。
2人が去った後、俺は小さなため息をついてしまった。
「日野、どういたしましたか?」
所長席の黒谷がすぐに反応する。
俺は愛しい飼い犬の元に近寄って、その髪を優しく撫で
「俺、ここで役に立ってんのかなって思ってさ」
苦笑混じりにそう言った。
黒谷が何か言うより先に
「タケぽんは特殊能力を活用して、捜索の手伝いしてんじゃん
 俺の能力なんて『霊をボンヤリと感じられる』って曖昧なもんで、下手すりゃ影響受けたり憑依されたりで厄介事の種になりこそすれ、役に立たないよ
 荒木は皆の名刺とかデザイン出来るセンス持ってるし
 俺はそーゆーセンス無くてさ
 美術の成績は可もなく不可もなく、だったもんな」
俺は肩を竦めてみせた。
「荒木もタケぽんもここで『自分にしか出来ない仕事』してるって感じじゃん
 あの2人はしっぽやに必要だけど、俺はどうなんだろう」
春から環境が大きく変わるためか、俺はこのところナーバスになっていた。

「もちろん、日野だってしっぽやに必要な人材です
 ホームページの立ち上げ運営は日野がいるからこそ出来るようなものだと、荒木もタケぽんも言っておりました」
黒谷は力説してくれるが、恋人である飼い犬の言葉なので説得力としては今一だった。
「ホームページの立ち上げなんて、ちょっと調べればいくらでも情報出てくるんだ
 誰にだって出来るよ」
機械に疎(うと)い愛犬の髪を、俺は撫で続けていた。
「『それは、日野の頭が良いから言える言葉だ』
 きっと荒木ならそんな事を言うのではありませんか」
撫でられてうっとりとした顔をしながら、黒谷が優しく言葉を口にする。
「日野は頭が良いから理解力が高い、と荒木が言っておりました
 荒木と一緒に映画を観に行った事がありますね
 見終わって感想を言い合うと、自分が漠然としたイメージで流し観していたシーンや聞き流したセリフを理解した上で、ストーリーを追って深く観ているのに驚く
 上辺しか観れない自分は、本当に映画を楽しんでいるのだろうか、映画が好きなんて言えないんじゃないか、そう悩むことがあるそうです」
黒谷から教えてもらった荒木の心情に、俺は驚いてしまった。

「いや、映画なんて俺みたいに裏の裏を疑って観るより、純粋にエンターテイメントとして楽しんだ方が良いだろ
 荒木の観方の方が向いてるって」
焦って言い募る俺に
「でも、荒木は日野の観方の方が優れていると思ってます」
黒谷は悪戯っぽく反論する。
「どっちが優れてる、とかじゃなく、色んな観方があって良いんだよ
 背景知ってた方が楽しめるけど、知らなくても楽しめる感性って凄いじゃん
 映画を作ってる人だって、純粋に楽しんでもらえるの嬉しいと思うぜ」
俺は思わず力説してしまった。

「そうですね、しっぽやも能力やセンスがあれば役立てることが出来る、でも、それが無くても出来ることはあるのです
 むしろ日野の頭の良さは、ある意味特殊能力だと思うんですけどね
 これは飼い主に対する身贔屓(みびいき)でしょうか」
黒谷は俺を見て優しく微笑んだ。

「荒木もタケぽんもマニュアルを読んでもわからないけど、日野に説明してもらうとわかるそうです
 理解していないことを、かみ砕いて説明するのは大変です
 私達化生には出来ません
 新しい機材のマニュアルを読んだだけで理解し他者に説明できるのは、うちの事務所では日野だけでしょう
 やはり日野はしっぽやで必要な人材です」
彼に頷きながら断言され、照れくさくも嬉しい気分にさせれた。

「そう言ってもらえると、嬉しいよ
 今は犬や猫のことも勉強してるんだ
 荒木やタケぽんより猫の知識が無いから、ソシオの特殊性にも気が付かなかったのちょっと悔しいなって
 学術書はもちろん、有名な逸話やエッセイも読んでるよ
 飼い主だけにしか見せない顔や態度ってあるんだな、ってつくづく思った」
それは黒谷が俺にだけ見せる甘えるような笑顔や、興奮して頬を赤らめる顔も同じだろう。

今も、彼は艶やかな瞳で俺のことを見ている。
『あ…』
黒谷の髪のさわり心地が良くて、撫ですぎてしまっていたようだ。

彼は明らかに興奮していた。
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