緑の指を持つ僕は、妖怪達に懐かれる

□迷い家編〈No.22〜24〉
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〈No.22〉不思議な屋敷・1
  ◆MAYOHIGA〈1〉


今日も僕は通い慣れた山道を登り、深緑(しんりょく)のキュウリ畑に向かっていた。
本を読めるようになってきた萌葱(もえぎ)のために、絵本よりは字の多い昔話を持ってきたのだ。
有名な花咲か爺さん、かぐや姫、舌切り雀、浦島太郎なんかを選んでみた。
鬼退治的な話は妖怪には刺激が強いかと思って避けたけど、鬼がいないと人間が悪者になっているので、河童の萌葱が人間のことをどう思うか一抹の不安はあった。


取り留めのないことを考えながら歩いていたせいだろうか、一向に畑にたどり着かないことにやっと気が付いた。
改めて辺りを見回すと、鬱蒼(うっそう)とした森の中だった。
「え?こんな場所、裏山にあったっけ?」
整地はされていなくても、畑に続く道はもっと分かり易かった気がする。
今や僕は獣道のようなところを歩いていた。
『人間に対して人払いの目眩(めくら)ましをかけている、って前に深緑が言ってたけど、僕に対してやることないじゃん
 僕がいなくても畑は順調ってことか…』
妖怪と仲良くなっている、と感じていただけに悲しくなってしまった。
帰ろうかと思うものの、振り返っても道がわからない。
僕は学校の裏山という身近な場所で、遭難してしまったようだった。


仕方ないのでトボトボと歩き続ける。
暫く行くと大きくて立派な黒い門が見えてきた。
『え?こんなとこに住んでる人、いたっけ?』
訝しく思うが背に腹は代えられない。
僕は恥を忍んで門の中に入り
「すいません、この山の下にある中学校に通ってる者ですけど、迷っちゃったんです
 山を下りる道を教えていただけませんか」
そう大きな声で呼びかけてみる。
古い時代に建てられたであろうドッシリとした造りの平屋から、返事はなかった。

「あのー、誰か居ませんか?」
庭から裏に回ると今時珍しい牛小屋や馬舎があり、鶏が放し飼いされていた。
『農家じゃなくて、小規模牧場なのかな
 臭いがあるから牛とか飼うの近所が嫌がるんで、山奥じゃないと経営できないのかも』
そう思うと不思議な家にも納得できる。
僕は玄関の引き戸を開け再び声をかけたが、返事はなかった。
思い切って上がらせてもらい部屋をのぞいたら、食卓にはお椀が並べてあり台所からは煮物やご飯が炊けている匂いがしていた。

不思議なことに、ついさっきまで人がいた様子があるのに、家の中のどこをのぞいても人の姿は無いのだった。
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