ウラしっぽや〈R-18〉

□少年からの脱却◇荒木◇
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side<URA>

週末のペット探偵しっぽや事務所には、PCに向かっている荒木の姿があった。
カチカチとマウスをいじる音が、静かな事務所の中に響いている。
試験が終わった受験組は、今までの憂さ晴らしのように連日バイトに精を出しているのだ。
残り少ない高校生活を満喫する気満々、と言った感じであった。
荒木は時折手を休め、考え込むような視線でモニターをのぞき込んでいた。
俺は何気なさを装い、荒木の顔をジックリと見つめる。
大きな目、長いマツゲ、少し伸ばしているらしい髪は真っ黒で、白い額に影を落としていた。
室内に暖房が効いているせいか、頬も唇も可愛らしいピンクに染まっている。
日野のどこか陰のある艶っぽい顔とは違い、荒木は典型的な『元気な美少年』と言った感じであった。

『良い家庭で、幸せに育ってきたんだろうな』
そんなことを考えると、少し羨ましくなってしまう。
けれどもその後に
『でも、好みの顔ではある
 日野ちゃんと違って素直で可愛いし
 せっかくだからスペシャルサービスしちゃおう、つか、させてもらおう』
俺は今夜のことを考えて、自然と顔に笑みが浮かんでしまった。
俺が見つめていることに気が付いた荒木が『?』と言った感じの顔を向けてきた。
「頑張ってんなーと思って
 試作の写真入り名刺、すげー良く出来てたぜ
 ソウちゃん、もうちょっと黒の多い毛色なんだけどさ」
俺は笑いながら言ってやった。
「そっか、ウラは記憶の転写で生前の大麻生を見てるんだっけ
 ここの写真で、どれか近い柄ある?
 飼い主の自己満だけど、どうせなら生前の柄に近い写真使いたくてさ」
荒木が手招きするので、俺は彼に近づいて行く。
荒木の肩を抱いて頬を近づけながら、俺はPCのモニターに視線を向けた。

「うーん、ここまで真っ黒じゃないんだよなー
 かといって、こっちのオーソドックスな柄とも違う」
「最近、シェパードの毛色って増えてるよね」
俺のダメ出しで荒木は次々と写真を開いていった。
「あ、この子似てる、犬のソウちゃん、こんな感じなんだ」
俺は思わずモニター画面に見入ってしまった。
「そっか、じゃあ大麻生はこの写真で作るね
 後のデザインは、試作のと同じで良い?」
「うん、新作はソウちゃんの『格好いい感』が出てて良い感じになってたよ、ありがと」
お礼を言いながら、さりげなく頬にキスをする。
俺の奇行に慣れてしまった荒木は特に反応を見せず
「なら後は、新郷とジョンの分だな
 なかなか桜さんと月さんに会う機会なくてさー
 新郷はまだしも、ジョンに使う写真が難しくて」
そんなことを言って作業を再開させていた。

「荒木少年、今日、白久のとこに泊まりだろ
 なら、夕飯食いに俺の部屋に来いよ」
俺は下心を出さないよう何気ない感じで誘ってみた。
「え?何でわざわざウラのとこに?
 今日は白久が夕飯作ってくれるから、別にいいよ
 そのうち皆でファミレスにでも行けば良いんじゃない」
荒木はモニターから目を離さず、作業しながら答えた。
俺は声をひそめ荒木の耳元に口を寄せると
「こないだ、ソウちゃんと黒谷に料理勝負させたんだ
 結果は互角って感じで勝敗は保留なんだけど、あれ、良いぜ
 2人とも飼い主に良いとこ見せようって張り切るから、料理のグレード上がってさ
 判定するの、本当、役得なの」
そう囁いて、キシシっと笑ってみせた。

「黒谷のオムレツが絶品だったからソウちゃん対抗してて、今、かに玉の特訓中なんだよね
 後、チンジャオロース
 海鮮極めたから、今は肉系に挑戦中でさ
 元々ソウちゃんの炒め物って絶品なんだけど、益々磨きがかかってきた感じ」
俺が自慢げに言うと
「中華か…白久はどっちかと言うと、和食が得意なんだ
 鶏レバーの水煮と、ソーメンのゴマだれとか
 あ、エビとアボカドのサラダは絶品
 サンドイッチの具としても最高だよ
 でも中華メニューには合わないかな」
荒木はそう言って考え込んだ。
もう、俺の部屋に来る気満々な感じだった。

「そうだ、中華ならこないだ作ってもらったエビ春巻きが美味かった
 エビがプリプリしてて、春巻きの皮のパリッと食感に負けないんだ」
「エビのプリプリをソウちゃんと競おうなんて、100年早い
 日野ちゃんですら、ソウちゃんのエビの凄さを認めたんだぜ」
俺の言葉で荒木が燃え上がるのを感じた。
「よし、その勝負受けた!仕事終わった後買い物行って、材料用意したらウラのとこ行くよ」
「ドンと来い、ソウちゃんの広い胸貸しちゃうよー
 勉強してってちょうだい」
「そっちこそ」
笑い合う俺達に
「ウラ、そろそろお茶したいから手伝って」
日野の鋭い声がかかった。
「ちみっこ先輩その2がお呼びだ
 ずっとPCいじってて頭使ったろ?
 糖分補給に甘い物用意してやるよ、待ってな」
「うん、ありがと」
俺は荒木の元を離れ、控え室に入る。

控え室にいる日野は、険しい顔で俺を見ていた。
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