しっぽや
□しっぽや
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高校の授業が終わると、俺（野上 荒木・のがみ あらき）は友達からの遊びの誘いを断って、急ぎ足で駅に向かった。
通っている高校の最寄り駅に貼ってある１枚のポスター、それが急いでいる原因だ。
『ペット探偵「しっぽや」
優秀な捜査員が多数在籍、行方不明のペット発見率９割以上！
ペットに対する様々な相談事も承っております
明朗会計、学生にも優しい料金設定
この広告が気になった方は、是非お越しください！』
今時HPのURLもなく、何となく胡散臭いものであるにもかかわらず、俺はその広告が気になっていた。
特に『学生にも優しい料金設定』の辺りに心ひかれていたのだ。
バイトもせずに親から貰う小遣いだけで月々を過ごすしがない高校生にとって、その言葉は魅力的だった。
『ここなら、学校から家に帰る途中で降りて寄れるんだよな…』
ポスターに書いてある住所を確認し、俺は今からその事務所に行ってみる事を決心する。
今まで降りたことのない駅で降りるのは、少し緊張する。
スマホを取り出し、住所を入力したナビを頼りに街を歩いて行った。
駅から２０分程の住宅街の一角に、３階建てのテナントビルが見えてくる。
『あれかな』
俺は当たりを付けた建物に近寄って、ビルに貼ってある案内表示をマジマジと見てみた。
１階 大野原不動産
２階 ペット探偵『しっぽや』
３階 芝桜会計事務所
お堅い職種に囲まれて『ペット探偵』の文字が、とても怪しいもののように見える。
どうしようか少し迷ったが、俺は意を決し階段に足をかけ２階まで上っていった。
２階に１つだけある無機質なドアに、特徴のない文字で書かれた『ペット探偵 しっぽや』の看板が貼り付けてある。
その下には『営業中』の札が掛かっていた。
見た目はどこにでもある事務所のようであった。
コンコン
ためらいがちにノックすると
「どうぞ、お入りください」
低い男の声が聞こえてくる。
一瞬躊躇するものの、俺はノブを回して室内に入ってみた。
さほど広くない部屋には『所長』と書かれた三角表示が置いてある事務机、ありふれた応接セットのテーブルとソファー、資料が入っているらしき棚などが配置され、そこは拍子抜けするほど普通の事務所であった。
「いらっしゃいませ、ご依頼ですか？」
ニコヤカに椅子から立ち上がった男は３０代半ばの和風な顔立ちの男前で、落ち着いた感じの黒いスーツを着ていた。
「あの、ペット探偵さん？」
恐る恐る聞いてみると
「はいはい、ペット探偵さんでございますよ」
その男は胡散臭い笑顔を張り付け、朗らかに答える。
俺はここに来たことを、早くも後悔していた。
「えーっと、やっぱいいです…」
踵を返して帰ろうとする俺の手首を、男は素早い動きで握ってきた。
「せっかく来たのに、そんなつれないことをおっしゃらないでくださいよ
さあさあ、どうぞこちらにお掛けください
あ、申し遅れました
僕はここの所長をしております、こーゆー者です」
俺は無理矢理ソファーに座らされ、名刺を手渡される。
名刺には
『ペット探偵 しっぽや
所長 影森 黒谷（かげもり くろや）』
と書かれていた。
「影森さん…？」
何となく呟いた俺に
「どうぞ、黒谷とお呼びください
さて、本日はどのようなご依頼ですか？」
男、黒谷がさりげなく尋ねてくる。
「猫が逃げちゃったんです
自分でも探してみたけど、見つけられなくて…」
あまりにも自然に聞かれたので、帰ろうと思っていた事を忘れ、俺は素直に答えてしまった。
「おお、それは心配だ！大丈夫、任せてください
うちには優秀なスタッフが沢山いますからね
して、貴方のお名前と年齢は？」
何で年齢まで聞くのだろうと思ったが、料金返済能力の確認かと気を取り直し
「野上 荒木 １７歳です
高校生でバイトとかしてないんで、その、あんまりお金無いんですけど…」
つい、オドオドとした口調になってしまった。
「なるほど、なるほど」
黒谷はうんうんと頷くが、何が『なるほど』なのかサッパリわからない。
「おい、猫探しだ、誰が出る？
依頼人は『野上 荒木』１７歳にしては小柄で童顔系
サラサラした黒髪、華奢な体つき、バイトもしてない純朴そうなお坊ちゃま
押しに弱いが、猫に対する愛は本物だ」
黒谷がいきなり室内の『控え室』と表示されている扉に向かってそう叫んだので、俺は度肝を抜かれてしまう。
『何言ってんだ？猫探すのに、俺の外見関係ないじゃん！』
何だか値踏みされている気分で、俺は少しムッとする。