しっぽや3(ミイ)

□波久礼の夏休み
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side<HAGURE>

山中にあるお屋敷で、三峰様の警護をする武衆(ぶしゅう)を束ねる事が私の仕事であり誇りであった。
三峰様のお側に控え、身の回りのお世話をすることも仕事に含まれる。
事務仕事をしている三峰様にお茶をお持ちするのもその一部、私だけの特権であった。

「波久礼にも夏休みが必要かしら?」
部屋に入るなり、しっぽやに関係する書類整理をしていた三峰様に急にそんなことを言われ、私は面食らってしまった。
用意したお茶とお菓子をテーブルに置きながら
「最近は随分とお暇をいただいていますので、必要ありませんよ」
私は苦笑して答えた。
通っている猫カフェでは夏休み向けに譲渡会イベントが開かれるので、手伝いに参加したいのはやまやまだが、そのために三峰様のお側を離れることは出来なかった。
「私が居なくて、誰が三峰様をお守りすると言うのですか」
しかつめらしい顔で言ってみるものの
「武衆の者がいるでしょう
 空の穴を埋めようと、陸も海も鍛錬に励んでいるし
 他の者達も腕を上げているわ」
三峰様は笑顔でそれをかわされた。

「確かにそうですが…」
私の言葉を遮るように
「彼らにも、休みが必要だと思うのよ
 長の貴方がいると、皆、羽を伸ばせないでしょ?
 1週間くらいしっぽやの方に行ってらっしゃい
 猫カフェの『イベント』とやらのお手伝いをしてくるといいわ」
三峰様は悪戯っぽく笑った。
やはりこの方には適わない、私の心などお見通しであった。

「それでは、お言葉に甘えお休みをいただきます」
私が頭を下げると
「空の部屋にはカズハが来るかもしれないから、双子の部屋にでも泊めてもらいなさい
 そうそう、しっぽやの側にお茶屋さんが出来たんですって
 良さそうなお茶があったら買ってきてちょうだい、はい、お駄賃」
三峰様は机の引き出しから茶封筒を取り出して手渡してくる。
中身を改めると、駄賃と言うには多すぎる額の紙幣が入っていた。
「これは…」
封筒を返そうとするが
「お茶菓子もお願いね
 ひろせお勧めのケーキ屋さんの焼き菓子が、気になってるのよ」
三峰様は笑いながら私の手を押しとどめた。

「御厚意を感謝いたします」
私はもう一度、深々と頭を下げる。
「人と獣の事を学んできなさい
 狼の血が濃いと人には警戒心が先に立ってしまうから
 人と共にあるということはどのようなことなのかを考える、良い機会になると思うわ」
三峰様は慈愛に満ちた笑顔で私を見てくださった。

こうして、私は化生して初めての『夏休み』を過ごすことになった。



「波久礼!」
昼近くにしっぽや事務所に到着し、控え室に顔を出すと猫の化生達が親しく笑顔を向けてくれる。
「皆、元気そうでなによりだ」
私は愛くるしい猫達の頭を撫でながら穏やかな気分になっていた。
飼い主がいる猫は愛されている自信に満ちあふれ、いつも幸せそうでこちらも嬉しくなってしまう。
飼い主がいない双子も、最近では一緒にいるとホッと出来る人間に可愛がってもらっているらしく表情が明るくなっていた。

「波久礼の荷物、受け取っておきました」
皆野が言うと
「この鍵使って、俺達は一緒に行動してるし鍵は1個あれば大丈夫なんだ
 部屋は自由に使って良いからな
 向こうで作業が押すと、泊まり込んだりすることもあるんだろ?」
明戸が猫のマスコットが付いた鍵を手渡してくれる。
「明戸、皆野、暫く厄介になるよ
 荷物の受け取りありがとう
 着替えなどを先に送っておけたので、移動が楽で助かった
 部屋への帰りが遅くなりそうなときは、電話するから」
私は受け取った鍵を財布にしまい2人に礼を告げた。

「うちに泊まっても良かったのに、ゲンが会いたがってましたよ
 時間があったらこちらにも顔を出してください」
「サトシも会いたがってた、うちにも来てよ」
「タケシに出す前の試作品ですが、ゼリーを作りました
 後で部屋に届けるから、食べてみてください」
「波久礼がいる間は、お肉料理多めのメニューにしますね」
「波久礼、夜、一緒に寝て良い?」
私が猫達に囲まれていると
「君を見てると、ゲンの言ってた『ハーレムキング』ってやつが理解できる気になるよ」
呆れたような声と共に黒谷が控え室に顔を出した。

黒谷は私より小柄だが、生前は人と共に戦場を経験しているせいか、犬の化生の中では一番強いと感じている相手だ。
「暫くこちらにも顔を出させてもらうよ」
私が頭を下げると
「時間あったら猫捜索の手伝い頼むね
 夏は犬の依頼の方が多いけど、波久礼が出ると犬が怯えて逃げそうだから」
黒谷は肩を竦めて笑ってみせた。

「長瀞かひろせ、長毛種の依頼が来たけど出れるかな?」
「僕が出てみます」
仕事の依頼が来たようなので
「それではそろそろ移動させてもらとするか」
私は邪魔にならないよう事務所を辞去することにし、猫カフェに向かうのであった。
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