しっぽや5(go)

□続いていく物語
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「せっかくのお話だ、お引き受けしよう伊古田」
僕は伊古田に自信を持ってもらいたかった、他の化生に負けないくらい輝いているんだと気が付いて欲しかった。
そのためには何かをやり遂げるという成功体験が必要だと感じていたのだ。

「えと、僕は何をすれば良いの?」
話の流れについていけない伊古田が首を傾げると
「俺と一緒に舞台で立ってれば良い」
久那が自身を指さして断言する。
「が、ぼーっと、ましてやいつもみたいにビクビク突っ立ってるんじゃないぞ
 キリッと格好良く微動だにせず舞台を引き立てるように立つんだ
 俺が教えてやるから、毎週末は特訓だ」
久那に言われ、伊古田はオロオロしながら僕を見た。

「あの、野坂も一緒に居てくれる?」
不安そうな伊古田に頷いてあげたかったけど
「ごめん、毎週末は…、母を説得できる気がしない」
僕はウナダレるしかなかった。
いい年をして母親を気にする自分が情けなかった。
「あー、何となくそうかと思ったけど、野坂のとこも母親の影響強いのか
 健康に気をつける食事とか言ってたもんな
 あれ、母親から口うるさく言われてないと中々身につかないもんだよ」
イズミ先生は腕を組んで頷いている。
「俺も同じだ」
さらりと言われた言葉が、にわかには信じられなかった。

「え?でも、イズミ先生は独立してて自分の地位を持ってるし…」
「いや、母親と同じ職業選んでる時点で確定だろう
 コネがあるんだから貿易関係でもかまわなかったはずなのにさ」
僕の言葉を遮る形で先生が告げる。
「子供の頃から母のマネして、デザイン画もどきを描いたりしてた
 父親が海外飛び回ってて家にいない方が多かったのを抜きにしても、影響大きかったんだ
 イサマ ミドリの息子って言われるの覚悟でイサマの名で通してきたし
 おかげでデビュー当時はミドリ先生のファンから『先生のボクちゃん』呼ばわりされてたよ」
「確かに、うちの母もそう呼んでて、親戚の子供みたいってよく言って…
 あ、すいません、こんな話」
ボクは慌てて話題を切り上げた。

「ん?お母さん、ミドリ先生のファンなの?俺のデビュー当時から知ってるってことは、長いね」
イズミ先生の突っ込みに
「ボクが生まれる前からの『IM』のファンだって言ってます
 以前に買った服とかもう似合わなくなったけど、思い出深くて捨てられないって
 母のクローゼットはそんな服でハチキレそうですよ」
僕はため息とともに答えた。
「ミドリ先生のファンは息が長いからなー
 『愛夢』から『IM』に方向転換して落ち着いた服をデザインしても、ちょうど購買層も落ち着いた服を着る年代になったから離れていかないんだよ
 その辺、ほんと見習いたいって、ほらまた母親の影を追ってる」
イズミ先生は苦笑した。

「ふむ、でも、ミドリ先生の熱狂的ファンか…
 じゃあ、今、保護犬活動に力を入れてること知ってるんだ」
「そうですね、その辺は余り興味無いみたいですけど
 犬モチーフの刺繍が可愛いって、ハンカチとか小物は買ってます」
イズミ先生はしばらく何かを考えているようだったが
「野坂の家、戸建て?庭ある?お母さん車の免許持ってる?」
急に個人情報的な事を聞いてきた。
「はい、戸建てです、広くないけど庭もあるし、母は免許持ってます」
訳が分からないながらも答えると
「成る程、条件は悪くない、ミドリ先生に推薦できるな」
イズミ先生はそう言ってニヤリと笑った。

「次の日曜にミドリ先生主催の子犬の譲渡会があるんだ
 参加条件はかなり厳しく設定してる、基本、誰かの推薦が必要だよ
 ミドリ先生とお近付きになりたいだけの、単なるファンに来られても迷惑だからさ
 でも、俺の推薦ならすんなり通る
 お母さん、俺が推薦するから譲渡会に参加させてみないか?」
いきなり言われて、僕は動転してしまった。
「でも、責任重大ですよ、犬を引き取るって事は、命を引き取るってことになるし
 食べ物とか運動とか、健康に気を配ってメンタルの部分だってケアしないと
 うち、今まで動物との接点なかったから、ちゃんとしてあげられるか不安というか」
慌てる僕に
「野坂は伊古田にそれをやってあげたくて、接点無くても色々調べたんだろ?」
イズミ先生は笑いながら言った。

赤くなって俯く僕に
「野坂を見てればお母さんの人となりも見えてくるよ
 良いお母さんだけど、ママゴト感覚で過保護
 ミドリ先生も昔はそんな感じだった、まあ、うちは放任気味だけど
 子犬を飼って、もう一度、命を育てることの責任感を思い出させるのも良いと思うんだ
 と言うか、子犬がくれば1人で何でも出来る野坂を気にかける余裕はなくなるし、伊古田を見ても酷く怯えて野坂と付き合いをやめさせようとしなくなるよ
 伊古田は良い犬なんだけど、犬慣れしない人には強面すぎるからなー
 息子が反社と繋がったら、って心配しなくてすむだろ
 時間とか場所とか後でデータ送るから、連絡先教えて」
僕は言われるままに先生と連絡先を交換する。

何だか展開が早すぎて、とんでもない有名人の連絡先が登録されたスマホを、呆然とながめるしかないのであった。
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