しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈1〉
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ランチを食べながらの話題は、大学のこととなった。
夏休み中は近戸以外と会っていなかったから、少し気になっていたのだ。
「近戸は久長と蒔田にはバイト先で会ってたんだろ?
 看板の書き方とか知りたくて蒔田には時々連絡してたけど、久長と野坂とは連絡とってなかったな」
「久長と蒔田は1週間くらい帰省してたみたいでバイト休んでたよ
 でも学校無いから稼ぎたいって、夏休み中はシフト多めに入れてもらってたな
 引っ越しの後始末とかで休みが多かった俺より、働いてるかも
 おかげで俺が休めたんだけどさ
 そういや、俺も野坂とは連絡取ってないや
 あいつバイトもしてないし、冷房効いた部屋で積ん読を崩すのに忙しいのかもな
 学校始まったら何冊読んで、何冊増やしたのか聞いてみるか」
「優雅な夏休みだよな、俺なんて結局1本も映画観に行けなかったよ
 夏休みだから面白そうなの何作も上映してたのに
 DVDになったら借りてきて、白久と一緒に観ようっと」
「はいはい、ごちそうさま」
近戸は大仰に肩をすくめて見せた。

「荒木って、アクション系しか観ないの?
 たまには野坂とミステリーとかサスペンス系を観に行くのもいいんじゃない?」
近戸にそう聞かれたが
「野坂って原作付きの邦画しか観ない感じなんだよな
 邦画もサスペンス系だとアクション絡みで面白そうなのあるけど、一緒に観に行くと後でウダウダ講釈されそうなのがちょっとね
 あれだけミステリーマニアならミステリ研究会とか入って、同じ趣味の奴と行った方が盛り上がれると思うのに
 うちの大学ミス研あったよな
 バイトやってないんだから、サークル入ればいいじゃん」
俺は苦笑気味に答えてしまう。

「あー、ミス研ねー」
近戸は何やら考え込んでいたが
「これ、野坂には内緒にしといてな」
2人しか居ない部屋なのに、声をひそめて話し始めた。
「大学の入学式で初めて会ったとき、あいつ講堂に行けなくて迷ってたんだ
 地図を見てたんだけど、それがひっくり返ってて自分の位置関係全く把握できてないみたいでさ
 見かねて俺も迷ったふりして一緒に地図見て行動してたら、蒔田や久長や荒木が合流してくれて、自然な感じで講堂に行けたんだよ
 あの時は俺だけだったら白々しかったから、他に人が居て正直助かった、って思ったな
 その後、話してたらミステリーが好きだってわかったんで『館物とか?』って聞くと『館物は構造が良くわからない』ってポロッともらしてさ
 野坂って、もの凄い方向音痴みたいなんだ
 サークル入らないのは、ミス研でその辺突っ込まれたくなかったんじゃないか?」
近戸の言葉には頷けるものがあった。
「あいつ、悪い奴じゃないんだけど変なとこでプライド高そうだからな
 そういや、未だに学食行くとき通路間違えそうになってたっけ
 わかった、この話はオフレコにしとくよ」
そう答えて俺はペットボトルのお茶を飲み干した。

「じゃあ、伊古田が来るまでに、やりかけの課題やっつけるか
 で、理想的には寝る前にもう1個片付る、と」
「俺と明戸のラブラブタイムを作るために頑張ってくれよ」
「俺だって早く終わらせて白久とラブラブタイムしたいよ」
そんな軽口をたたきながら、俺達は作業に戻るのだった。



「よし、これもこのまま提出する、ちょっと考察弱いけどもうこれ以上考えられない」
集中力が切れ、今は次の課題に取り組めそうになかった。
デスクに突っ伏した俺に代わり、近戸がレポートを見直してくれている。
「これだけ書いてあれば大丈夫だと思うよ
 そう言えば伊古田って何時に来るんだ、そろそろかな」
近戸に聞かれて俺は時計を確認する。
「予定はザックリと『夕方』としか聞いてなかったな
 ってもう6時過ぎてるじゃん、波久礼が連れてくるって言ってたから迷うことはないと思うけど
 あ…先に猫カフェに連れて行かれたオチかも」
俺は1度は上げた頭を再び下げてしまった。
「猫好きならまだしも、猫神2人は勘弁
 グレート・デーンって他の動物とも友好的だからシャレにならないよ」
「俺は、明戸と仲良くしてくれるならそれに越したことないけどね」
事務所に連絡してみた方が良いのかと迷い始めた頃

ピンポーン

チャイムが鳴った。
化生が居ないので誰がきたか気配で分かる由もなかったが、時間から言って伊古田だろう。
俺と近戸は連れだって玄関に向かった。


ドアを開けるとそこには伊古田が立っていて、なつっこい笑顔を向けていた。
お屋敷で見た時よりも健康的な感じになっている。
相変わらずスリムだが、病的に痩せている感じが薄れているのは料理番達の頑張りの成果のようだ。
ただ、傷跡の痣はそのまま残っていた。
「荒木、久しぶり、また会えて嬉しいよ」
「伊古田、俺も会えて嬉しい
 こっちは大滝 近戸って言って、明戸の飼い主なんだ」
俺が紹介すると
「新しい人間だ!よろしくね」
伊古田は目を輝かせた。
「よろしく、近戸って呼んでよ、俺も伊古田って呼ぶから」
近戸が差し出した手を、伊古田は両手で壊れ物を触るようにそっと握る。
大きな身体から繰り出される繊細な伊古田の動作は、健気感に満ちあふれているのだった。
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