しっぽや5(go)

□これから始まる物語〈1〉
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<side ARAKI>

楽しかった夏休みも残り後僅かとなってしまった。
今日から3日ほどしっぽやのバイトは休みにしてもらい、白久の部屋に泊まりに来ている。
思い出を作り始めたばかりの新しい部屋の自室で、俺はPC画面に向かっていた。

「今年の夏休み、免許取ったり山に行ったり盛りだくさんだったなー」
感慨深く思い出す俺には、まだ盛りだくさんの物が残されていた。
「忙しかったとは思うけどさ…正直、ここまでやってないと思わなかった」
俺の隣で近戸が乾いた声で呟いている。
俺の手元にはほとんど手つかずの夏休みの課題が溢れていたのだ。
もう9月に入っているので、高校生の時だったら完全に積んでいた。
講義の始まる来週半ばまでに、この山を何とかしないとヤバい事態になってしまう。
作品の方は出来上がっているが、レポート系が壊滅的だったのだ。


「近戸先生、助けてください、お願いします!」
俺が拝むと
「まあ、荒木には引っ越しの時に凄く世話になったから、夏の課題を手伝う気ではいたよ
 でもこれ、流石に1日じゃ無理だな
 4日間、明戸のとこに泊まる予定立てといて良かった
 スーパーの店舗改装で5日の連休もらえたから来れたんだ、荒木、運が良いな」
近戸は苦笑しながらも大きく息を吐いていた。
「せっかくの飼い猫とのラブラブタイムに、ほんとごめん
 せめて3日で終わらせるように頑張る
 この恩は、また何かで返すから
 終わったらプチ歓迎会もかねて、どっかに美味いもの食べにいこう
 俺、車出すよ」
多分、その料金は白久が払ってくれるけど、と言う言葉は飲み込んだ。

「歓迎会?そう言えば今日の夕方に、新人が元の白久の部屋に来るんだっけ」
近戸には伊古田のことは本当に簡単な話しかしていなかった。
「うん、現在に慣れるの、もっとかかるかと思ってたけど武衆の皆が良くしてくれてさ、本人も町中が恋しいって言うから来るの早まったみたい
 前より他の犬に怯えなくなったって白久経由で聞いたんだ、良かったよ
 伊古田、グレート・デーンだけど臆病でさ
 明戸、ちょっと気が強いとこあるだろ?
 優しくしてやるよう、近戸からも言っといて」
「グレート・デーンって、超大型犬だろ?
 むしろ明戸の方が心配というか、化生だから大丈夫だと思うけど、猫に襲いかかったりしないよな」
心配そうな顔でヒソヒソと近戸が聞いてきた。

「とんでもない、確かに身体は空よりデカいけど『蚤(のみ)の心臓』なんだ
 と言うのも、過去世が壮絶だからかな、元の気質もあるとは思うけど」
俺は伊古田の過去と、彼の飼い主がその後どんな道を歩んだかを詳しく教えてやった。
「前の飼い主がこんなにはっきり分かるケース、ほとんどないよ
 例外はお爺さんの跡を継いでジョンを飼ってる岩月さんくらいかな
 ウラと大麻生もビミョーにそんな感じかも」
前の飼い主さんの情報をスマホで検索して近戸に見せた。
「確かに凄い人だな、遺志を継いだ人が今でも活動を続けている
 こんな団体あったんだ、今度、少額だけど寄付しようかな」
「あ、俺もしたいかも、するとき誘って」
俺達は暫く伊古田について話し合っていたが
「やば、話し込んじゃった」
時計の時間を見た俺達は慌てて課題に取り組むのだった。



「高校の時と違って、丸写しとかさせてもらえないのキツい」
俺はキーボードを叩きながらため息を吐く。
「次に必要そうな要点まとめて、参考になる資料抜粋したのプリントアウトしといたから頑張れ
 荒木もやり出せば早いのに、やるまでのウダウダが問題なんじゃないか?」
「ありがとー、自分でもそう思う
 問題を先延ばしにすると言うか、スタートダッシュが遅いと言うか
 これ、出来上がった奴チェックして、言葉とか足りないとこあったら教えて」
「スタートダッシュは重要だよ、日野も同じ事言うと思う
 荒木、今までは日野にベッタリ頼ってたろ
 日野もトノみたいに頭も運動神経も良いからな」
「頭と運動神経良いのはお前もだろ、しかも背が高いんだから」
1つ目の課題の終わりが見えてきた俺達は軽口を叩く余裕が出てきた。

「出来た、これは終了、もうこのまま提出する」
それから程なく、1つの山を片づけた。
まだ控えている物は多かったが、今日中に後2つは何とかなりそうだ。
「資料、抜粋して揃えといてもらえるの助かる
 一息ついて遅いランチ休憩しよう
 ランチって言ってもコンビニのオニギリとサンドイッチ、飲み物はペットボトルの侘びしいもんだけどさ
 白久がいないと食生活ショボいや」
「今回はいてもらってもしょうがないもんな、仕事しててもらった方が気を使わなくて方が良いよ
 お互い、飼い犬や飼い猫がいないとまともなもの食べられない、って言うのも何だかな」
俺達は笑いながら準備して、ペットボトルのお茶で1つの課題クリアに乾杯するのだった。
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