しっぽや5(go)

□自分だけの居場所
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数日後のしっぽや事務所。
「今日は俺も荷物の移動、手伝うよ」
荒木が双子にそう話しかけている。
私の方には事前に連絡があり、その後にお泊まりしてくれる予定であった。

「ありがとう荒木、助かるぜ
 白久が手伝ってくれたから、動かせそうな物の移動はほとんど終わってるんだ
 白久と一緒に、俺達が部屋に残していく物の確認とかしてくれるとありがたいな
 いらない物だったら他の誰かにあげるか、処分しようと思ってるから」
「夕飯は私たちの部屋で食べていってください
 今日は少し暑いですし、買い置きの素麺を食べてしまおうと思ってます
 つけだれは白久が作るそうです
 お気に入りのものがあるのでしょう?」
「やったー、白久のごまだれ!美味しいんだ!」
飼い主の歓声に、報告書を書きながら思わず顔が緩んでしまう。

「シロ、引っ越し準備順調そうだね」
黒谷が緩んだ私の頬を指先でツツきながら話しかけてきた。
「クロが引っ越す時は手伝いますよ」
「ありがとう、お礼の先渡しに今日は天ぷらでも差し入れしようか?
 明日の日野のお弁当はカツ丼にするから、今日のうちに揚げておこうと思ってね
 ロースカツ6枚、唐揚げ3kg、朝から揚げるには流石に量が多いからさ
 天ぷらは野菜類が多くてあまり油が汚れないし、先に揚げて双子の部屋に持って行くよ」
「助かります、スーパーで出来合いの物を買おうと思っていたけれど、揚げたての方が美味しいですからね」
私はクロに頭を下げた。
「引っ越しと言っても同じ階です、飼い主が居ない日には一緒に夕飯を食べましょう
 飼い主が大学を卒業するまでは、1人の寂しい夜も多いでしょうし」
「確かに、せっかくなら飼い主が好きな味を披露し合うのも楽しそうだ」
黒谷は朗らかに笑う。

「荒木、皆野、明戸、今夜はクロが揚げたて天ぷらを差し入れしてくれるそうです」
私の言葉で3人から歓声が上がる。
「美味しそう、揚げたて嬉しいな」
「それでは黒谷も一緒に夕飯を食べていってください
 人数が多くなるし、素麺以外にお蕎麦も茹でますよ」
「天ざるか、良いね、これで乾麺の買い置きは無くなるな」
盛り上がる荒木と双子に促され
「それじゃ、ご相伴に預かるとしようか」
黒谷は嬉しそうに頷いていた。



業務終了後、飼い主と一緒に影森マンションに帰って行く。
「大学卒業して本格的に一緒に住むことになったら、毎日こうやって帰れるね」
「待ち遠しいです」
2人で歩いているだけで喜びがわき上がり、口角が上がってしまう。
荒木も同じ様な表情なのが、より嬉しかった。

いつものように動きやすい服に着替えてからゴマだれの材料だけを持ち、私と荒木は双子の部屋に向かった。
「この部屋の鍵を閉めるのも、後数回なんだね」
荒木が鍵を閉めながら、感慨深そうに呟いた。
「俺と白久の関係はこの部屋から始まったんだよなー、とか思うと離れ難い気もしちゃってさ
 新しい部屋で作る新しい思い出だって楽しみだけどね
 俺にとってこの部屋は、本当に特別な場所なんだ」
愛おしそうに鍵を見る荒木に
「飼い主が出来てから、私にとってもこの部屋は特別な物に変わりました
 単なる生活の場ではなく、心の拠り所のような気がいたします
 ただ、荒木が居てくださらなければそうは思わないのですが
 私達犬は猫ほど家に執着しないので」
私は苦笑しながら相づちを打った。

「次にこの部屋を使う化生も、ここで良い思い出を作れればいいな
 って考えるのはまだちょっと早いか」
「まだ、私たちの思い出も作れますからね
 今夜も楽しみにしております」
私の言葉に荒木の頬が染まっていく。
「俺も、楽しみ」
私の腕にしがみつきながら言ってくれる飼い主は本当に可愛らしく、今なら双子の部屋のベッドを1人で移動させられるのではないかと思うほどやる気が満ちてくるのだった。


私と皆野が夕飯を作っている間、荒木と明戸は食器の整理をしていた。
双子が残していく食器類は動かし易いよう新聞紙をかませた状態で段ボール箱に仮詰めされている。
「双子だから2客の食器が多いのか
 あ、この辺白久と使うのに良さそう
 タケぽんはひろせと揃いのカップやお皿とか色々買ってるみたいだけど、俺、白久が元々使ってた食器をそのまま気にせず使ってたよ」
食器類を物色しながら言う荒木に
「飼い主が居ないと『客が来る』って頭は無かったからな
 皆野と使う分だけあれば十分だったんだ
 マンションに用意されてた食器は、ほとんどが揃いの物を皆で分けた感じでさ
 同じ食器使ってる部屋も多いよ」
明戸がそう説明する。

「ほんとだ、これ、白久のとこにあるお椀と一緒だし、こっちのお皿は色違いだ
 俺、うっかり割っちゃいそうだから、白久が持ってるのと同じの優先で貰った方が良さそう」
「それを考えて、俺達も新居用の食器は5客揃いにしてるんだ
 ただ、お客が来たときどんな感じになるかわからないから悩むよ」
「どうせお客は俺とか日野だろ?
 食器持参で行けば問題ないって、日野は絶対マイどんぶりとか持ってそうだし」
2人は楽しそうに未来を語っていた。
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