しっぽや5(go)

□三峰様来訪
2ページ/3ページ

ゲンの依頼を受けた三峰様と波久礼が、しっぽや事務所にやって来た。
「波久礼、久しぶりです」
「波久礼、今度はサトシのとこにも泊まりに来てよ」
「波久礼、今夜の夕飯は楽しみにしていてください
 明戸のラッキーとトノとチカのアイデアで、今までとは違ったおもてなしができそうです」
「波久礼、帰る日の前日にパウンドケーキを焼きますから、武衆の皆にお土産として持って行ってください」
大きな狼犬の化生の周りに、私たち猫の化生がまとわりついている。
以前はガサツで粗野だった彼だけれど、今は猫に対する親愛と労りに満ち物腰も柔らかで、側にいると安心できる存在になっていた。

「まあまあ、相変わらず猫達にモテモテね
 群が大きくなって嬉しいでしょう」
三峰様が茶化すように言うと
「ええ、この世の全ての猫を私の庇護下に置きたいくらいです
 飼い主のいる猫は別として、もっと群を大きくしなければ」
波久礼は大真面目で答えていた。
三峰様の顔が一瞬歪んだように見えたのは、私の気のせいではないだろう。
三峰様は慌てて咳払いすると話題を代えるように
「今回は、随分大人数となりましたね」
一同を見回して少し苦笑していた。

私たち猫の化生の他に、責任者であるゲン、その部下としてのモッチー、三峰様の能力を見てみたいと言い出したナリと日野の姿もあった。
人間達は皆、三峰様から今回の守りの助けになるよう水晶のブレスレットを渡されている。
ゲンとモッチー以外の皆は、作業着にも見える揃いのツナギに建設会社の社名が入った布をスナップで止めていた。
ゲンにキャップを渡され、長毛種の猫達はその中に髪を押し込んだ。
私たちのような短毛種や人間は普通に被っているが、さりげなくツバを下向きにしてあまり顔を晒さないように気をつけていた。
かなり怪しい一行ではあるが、ゲンに言わせると『ギリ、取り壊しの下見にきた不動産屋と解体業者』に見えるらしい。

「皆、今回は付き合ってくれてありがとうな
 モッチーには特別ボーナス出すし、しっぽやとお屋敷の方には菓子折りでも用意するから」
恐縮するゲンに
「良いのですよ、ゲンには皆、お世話になっているのだから
 皆、ゲンに危険な目にあって欲しくないの」
三峰様は微笑んだ。
私たちは全員、三峰様の言葉に頷く。
「私は、長瀞にもお世話になっていますしね」
私が言うと
「僕も色々ご相伴いただいてるし」
「俺も料理教えてもらってる」
「三峰様の髪が恋しくなると、長瀞の髪を透かせてもらってるんだ
 ひろせのだと、何か違うんだよね」
皆が次々と同意した。
「情けは人のためならず、だな」
ゲンに優しく肩を撫でられた長瀞は、照れながらも嬉しそうだった。


私たち一行は、ゲンとナリとモッチーの運転する3台の車に乗って移動する。
まだ昼前の時間で天気が良いため夏のような日差しが降り注ぎ『怪異』とはかけ離れた感じであったのに、目的の建物に車を止めると空気が重く肌寒いような気がしてきた。
そこは、トノやチカの家と比べると古い建物で、どちらかというと生前住んでいた家に似た作りであった。
家は2階建てで、奇妙なことに2階の作りの方が新しく見える。
広めの庭には離れらしき小屋も見えたが、生活が出来るような状態ではなく物置にでもしていたのだろう。
ガラス戸から雑多な家電や段ボール箱が積んであるのが見えた。

「ヒゲがあったら、絶対ビリビリする場所だな」
明戸が辺りを警戒の目で見ながらそう言った。
「うん、絶対近寄っちゃダメな場所」
ソシオが同意する。
かく言う私も鳥肌が立ちっぱなしであった。

「皆、私の側を離れてはいけないよ
 湿気がひどい、髪が濡れているように感じるな
 狼犬の身体であれば、かなり不愉快な状態だ
 長毛達は大丈夫かい?」
波久礼が大きく温かい気配で私たちを包み込んでくれて、気分はいくらかマシになった。

「ひでー有様だな」
門に『取り壊し予定のため見積もり中 専属業者以外立ち入り禁止』の貼り紙を貼っていたゲンが大仰にため息を付いて見せた。
「モッチーが気が付いてくれて良かったぜ
 物件がこんな有様に変わってるなんて、思いもしなかったもんな」
「最近、You Tube で事故物件巡りみたいなの流行ってるんすよ
 本気でヤバいとこには近づきたくないからチェックしてたら、もしかしてって物件見つけて
 本店の物件情報もある程度は把握してますからね
 これ、興味本位で押し掛けた奴らが余分なもの呼び込んじゃったんじゃないかって思ったんです」
「数年前に見に来たときはここまでじゃなかったから、その可能性は高いな
 レジャーランドのお化け屋敷じゃねえっての
 ゴミを捨てるわ、落書きしてるわ、やりたい放題じゃねーか
 ボヤでも出されてたら大事(おおごと)だったぜ」
ゲンとモッチーは憤っているようだった。

「でも、ここって元々あまり良くない土地だったんじゃないかな
 湿気が尋常じゃない
 建物もおかしいよ、流れを変えようとして色々やったのかな
 2階を建て増すとか使う気のない離れとか、明らかに怪しいものね」
ナリが言うとその場の静寂が深まったように感じられた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ