しっぽや5(go)

□いつまでも4人で
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俺と明戸が部屋を出るのとほとんど同じタイミングで、隣の部屋からトノと皆野が飛び出してきた。
俺とトノは顔を見合わせて苦笑する。
俺達と同じようにトノと皆野からもボディーソープの香りがしたので、どんな経緯を経て部屋を飛び出したのか分かってしまったからだ。
「双子だからって、こんなとこまで一緒だとはなー」
「お菓子食いそびれて、そっちも腹減ってるだろ?
 チェックアウトしたら、まず何か食おう」
「せっかくだから、チェーン店じゃなく地元の店探してみるか」
「昼には少し早い時間だし、駅前に出ればどっか入れるんじゃない?」
相談する俺達兄弟の後ろで
「俺、飼って貰えたよ」
「私もです」
最高の秘密を打ち明けあう、美しい兄弟猫が幸せそうにクスクス笑っていた。


駅前にある地元産素材を多く使った定食屋に入る。
珍しいメニューが多く浮かれた気分も手伝って、4人いるから何とかなるだろうと気になるものを片っ端から頼んでしまった。
店内は程良い混み具合で、俺達が多少怪しい話をしていても聞き耳を立てられずにすみそうだった。
次々に運ばれてくる料理を食べながら予定を決めようとするが
「この後、どうする?観光とか行く?」
「帰りの電車の時間を考えると、ちょっと忙しないかもな」
「明戸や皆野は行ってみたいところとかある?」
「俺達、そーゆーの全然わかんない」
「私は、トノと一緒にいられれば嬉しいです」
なにぶん時間も場所もデートコースには微妙な感じだ。

「そうだ、もし時間があるなら、これからのこととか相談しにしっぽやに行かない?」
明戸が遠慮がちに話しかけてきた。
「まだ黒谷に飼ってもらえたことを話してないですし
 皆にもトノのこと自慢したいですね」
皆野もチラチラとトノに視線を送っていた。
俺はトノと顔を見合わせて頷きあう。
双子猫ほどではないにしても、俺達もお互いの考えていることはある程度察しがつくのだ。
明戸と皆野のことをもっとちゃんと知りたい、彼らの存在の助けになるにはどうすれば良いのか、俺やトノにとってそれは雲を掴むような話だから詳しい話を聞けるのはありがたかった。

「しっぽやの皆は、全員関係者なんだね」
「うん、所員は皆、化生(けしょう)なんだ」
「化生?」
耳慣れない言葉に俺とトノは首を傾げる。
「私たちは人と関わることを忘れられず、新たな飼い主を求めて人に化けて生きる存在です
 今度こそ人と悔いのない生を送りたい、飼い主の役に立ちたい、そんな思いでこの身体を変化させました」
「と言っても、どうやって化生したのかは、全然覚えてないけどね
 気が付いたらこの身体だったからさ
 猫だったときは興味なかった食べ物も、美味しいって思えるようになってた
 前の飼い主が美味しそうに食べてたの見てたからかも」
明戸は山菜の天ぷらを食べているし、皆野はほうれん草のお浸しを食べている。
白パンだったら絶対に口にしないものばかりだ。

「営業中にいきなり行ったら、迷惑にならないかな
 日を改めてアポ取って時間作ってもらった方が良くない?」
真面目なトノが戸惑い気味に聞くが
「全員が出払うほど忙しい日は滅多にないので、大丈夫ですよ」
皆野は笑顔で答えていた。
「俺達化生と飼い主は皆、家族みたいなものなんだ
 気兼ねしなくて良いんだよ
 チカとトノがしっぽや事務所に顔を出してくれれば、喜ばれるって」
「と言うか私達、化生してから飼い主が居なかった時期が長いので、お祭り騒ぎみたいになるかも
 白久の時も、そうでしたから
 三峰様まで直々に荒木のこと見に来ましたからね
 トノとゆっくりするのは、暫くお預けかもしれません」
明戸と皆野は少し苦笑していた。

「今から向かえば夕方前には着きそうだ
 流石に手ぶらじゃ申し訳ないし、こっちで何か手土産を買っていこう
 牧場があるから、ミルクやバターを使った美味しそうなお菓子があるよ
 ジャーキーなんかは、香辛料を使ってるから避けた方が良いのかな」
トノがスマホで電車の時間や駅近の名物店を検索し始めた。
「チョコやレーズンもヤバいんじゃないか?」
俺はやっとそう気が付くが、明戸はハンバーグを食べている。
皆野はタマネギと豚肉の串カツにソースをかけていた。
「食べ物については、大丈夫みたいだよ
 空なんか、化生してすぐハンバーグとかカレー食べてたし
 勇気があるってより、蛮勇ってやつだよな」
「まあ、空の危機管理能力は食欲よりかなり下にありますからね
 和犬達は警戒していたし、私達も好んで口にするようになったのは最近です
 もっとも、飼い主が居る者達は、飼い主の健康のため色々研究していたようですが
 私も今度からトノのためにレパートリーの幅を広げなければ」
2人の話を聞いていて
「化生って、いっぱい居るんだな」
「飼い主も居るんだろ?覚えきれるかな」
俺とトノは少し不安になってしまった。

「一気に覚えなくたって良いんだ、そんなこと気にする人間いないから」
「何度名前を聞いても、皆、ちゃんと教えてくれますよ」
化生の関係者は良い人たちばかりのようであった。
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