しっぽや5(go)

□古き双璧〈12〉
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何が何だか分からないちに、撮影は終わっていた。
「さすがプロの動物カメラマン
 被写体が疲れたり飽きたりする前に手早く撮影するんだね
 自然な表情が撮れてそうだ
 結局、人間の方はヤラセでポーズ取ってシチュエーション整えてもらったりもしたけど
 今回、一卵性の双子を集めたから、かなり面白い写真が出来上がると思うよ
 君たちに感謝だね、楽しい機会をありがとう」
和泉にお礼を言われても、俺も皆野も訳が分からなかった。


和泉が用意したマイクロバスで打ち上げ会場に移動する。
「こんな良い店の寿司、初めて食った」
「この田楽、味噌の風味が最高だな」
「エビ天のエビがプリプリ!うちの店の天ぷらとはやっぱ違うわ」
「そりゃ、スーパーのとは値段も違うからな
 でも、たんなるイナリ寿司もメチャ美味い、コンビニの助六寿司に入ってるのとは大違いだ
 出来立て、ってのもあるのかな」
チカもトノも夢中で料理を食べていた。
「家庭の味なら出せるけど、流石にプロの味は厳しいですね
 武衆に和食屋の犬が居たはず、習いに行ってみるとか」
皆野は料理を食べながらブツブツ呟いている。
俺はチカの好みを横目で見つつ、食べることに専念していた。


食事の後はまたバスに乗り、ホテルまで送ってもらった。
バスの中で和泉にチケットが入っている封筒を手渡されたチカとトノは、少し動きがぎこちなくなっていた。
和泉に言われたことで、何か気になる事があるようだった。
バスを降りた後、ホテルの前でチカもトノも固まってしまう。
俺と皆野はこーゆー場所にどうやって入って、受付の人に何と説明すれば良いのか全く分からない。
躊躇いながら俺がそのことをチカに打ち明ける。
2人はハッとした顔になり、本当に自分たちと同室でよいのか確認してきた。

『もしかしてチカ、トノと一緒の部屋が良いのかな』
そんな事を思ってしまうが、和泉は俺とチカが同室になれと言ってくれたのだ。
「チカと一緒に居たい」
今日ばかりはトノに譲るわけにはいかなかった。
「私もトノと一緒に居たいです」
皆野も俺に賛同するように断言する。
人間達も何か決心したように頷きあって、ギクシャクした動きではあったがホテルに向かい歩き出した。
俺と皆野も飼い主の後を追うべく、それに続いていった。


部屋は7階で、皆野達の部屋とは隣同士だった。
「町の灯りが見えるけど、音はほとんど聞こえないね
 星もあんまり見えないや」
窓に近寄りカーテンを開けた俺は思わずそう言っていた。
周りには明かりが数えるほどしか無く星の瞬きの方が多いくらいで、虫の声が賑やかだった生前の家とは正反対だ。

猫だったときの名残で新しい場所は不安だったが、チカが居てくれるから大丈夫、と自分に言い聞かせる。
『不安なのは場所のせいではなく、これからチカに記憶を転写する』からなのだが、俺の顔色を読んだチカが
「高いところ、怖い?下の方の部屋に移れそうか交渉してみようか?」
優しくそう聞いてくれた。
「大丈夫、今住んでるマンションはもっと高い階に部屋があるから」
気にかけて貰えたことが嬉しくて、俺の緊張は少しだけ緩まった。


「高層マンションの上階に住んでて、有名なデザイナーと交流がある
 仕事でも頼られてるし、明戸は凄いね
 俺なんてまだ何になれるか分からない、親のスネカジリのただのガキだって痛感するよ」
俺を見て苦笑を浮かべるチカが、遠い存在に感じられた。
「そんなことない、チカの方が凄いよ
 勉強もバイトも、全部自分の力で頑張ってるもの
 俺はたまたま仲間に恵まれてただけ
 俺自身は何にもやってない、皆が居なければ自分の居場所すら持てなかったよ」
この身体でどうやって生きればいいのか、今だって分かっていないのだ。
何と言って俺の過去を伝えれば良いのか、飼い主のいる化生がやってのけたことすら出来ないでいる俺は本当の役立たずだ、と悲しくなる。

「ごめん、ちょっと世界が違う気がして僻(ひが)んでた
 明戸は居るだけで場を明るくしてくれる、その自由奔放さが魅力なんだよ」
チカは俺を抱きしめて安心させるように頭を撫でると、唇を合わせてきた。
俺もそれに応える。
いつもとは違う深いキス。
チカの舌が口内に入り込み、俺の舌と絡む。
合わせた唇から、甘い吐息がもれ出していた。
チカが俺の身体に指をはわせ服を脱がせていく。
俺もチカのTシャツの中に手を入れて、彼の肌の熱を直に感じていた。


ふいに、チカの指の動きが止まった。
「明戸、俺、本当に明戸のことが好きなんだ
 身体だけじゃなく、ちゃんと心も繋がりたい
 俺じゃ頼りないかもしれないけど、明戸の不安を取り除いてあげたいんだ」
唇を離し俺の瞳をのぞき込むチカの顔は真剣だった。
「時々、不安そうに俺を見ていることがあるよね
 今もそうだった
 不安につけ込むようにして、明戸のこと抱きたくない」
チカの俺に対する真っ直ぐな思いが、不安だらけの胸の奥に明かりをくれた。
胸の明かりが消えないうちに俺は過去を伝えることを決心した。
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