しっぽや5(go)

□古き双璧〈12〉
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モデルをする当日、撮影場所である保護犬施設の片隅で俺も皆野も緊張して固まっていた。
そこに和泉がやってきて
「今回、犬と一緒にいるところを撮りたいから、って動物カメラマンも頼んであるんだ
 人間用はポーズとってもらって、別に撮影したりもするけどね
 君たちの分は動物カメラマンの方が自然な表情が撮れそうだと思ってさ
 意中(いちゅう)の双子君には犬の散歩を頼んで、動物カメラマンに多く撮影してもらうよ
 君たちもそれに混じって」
そう、こっそり耳打ちされた。

「色々、本当にありがとう」
俺達が頭を下げると
「長い付き合いじゃないか、手伝えるのが嬉しいんだ
 今晩、ホテルでちゃんと記憶の転写をするんだよ
 それはとても勇気のいることだと、久那を見ていたから分かる
 見せて貰った側からの意見を言えば、驚きはするが嫌悪や恐怖は感じなかったね
 俺が感じたのは憐憫(れんびん)と愛、かな
 君たちが選んだ人間を信じると良い」
和泉はニッコリ笑ってスタッフの居る方に去っていった。

モデルとして集められた人たちは、用意して貰った服に着替え和泉の元に集まっていく。
「君たち、陸上やってたってプロフィールに書いてあったね
 ここの犬達の散歩をお願いできるかな
 ちょっと運動不足気味な子もいるから、全力で走って良いよ
 お友達の君たちも、補佐してあげて
 ミドリ先生のシェルター、結構頭数多いんだ
 あ、そっちの君たちはドッグランの柵の補強をお願いできるかな
 そっちの君たちはウッドデッキ、君たちは洗濯物干し
 生活の中でのお揃いシリーズの魅力を出したいから、汚しても大丈夫だよ
 あんまり派手にやっちゃったときは、お礼の服は新品と交換するからね
 ポーズとか変に意識しないで、自然体で作業してる風景を撮りたいんだ
 もっとも、後から個別撮影するかもしれないけど
 じゃあ、作業に入って」
和泉からの指示で、皆はそれぞれの持ち場に散っていった。


「俺達も行こうか、陸上やってたって言っても全力で走ると俺より明戸の方が早いんだけどな」
チカが周りを見渡しながら話しかけてくる。
「ランウェアじゃないけど、体動かしやすい服だよなこれ
 ブランド物って気取って歩くとき用だと思ってた」
チカと同じ服を着ているトノが、腕を曲げたり延ばしたりしながら近付いてきた。
「トノに似合ってます」
「ありがとう、皆野もその服、似合ってるよ
 貰えるのラッキーだね」
幸せそうな2人を見ていたら
「明戸にだって似合ってるよ、それにその色合いだと青いチョーカーの方が映える」
チカがこっそり囁いてきた。
「その服も、チカの方がもっと似合ってる」
俺もこっそり囁き返し2人してクスクス笑ってしまう。
「俺達、犬の散歩頼まれたから犬舎に行くか」
「温和しい犬達だと良いんですが」
何も気が付いていないトノと皆野が可笑しくて、俺もチカもまた笑ってしまうのだった。


犬達は思いっきり走ることに餓えていたようだ。
トノとチカがリードを持って走ると、喜んでついて行く。
最初は俺と皆野も付き合っていたが、犬の持久力には叶わない。
俺達は30分とたたずにリードをチカとトノに預け、ゆっくりしか歩けない年寄り犬の散歩に移行した。
『猫…懐カシイ…家族…』
老犬はこの施設に来る前は猫とも暮らしていたようで、直ぐに俺達に懐いてくれた。

『猫タチ、オラノ、トウチャン、カアチャン、ドコ行ッタ?』
元の飼い主を捜しているのだろう、老犬は落ち着き無く辺りを嗅ぎ回っている。
スタッフからこの犬の飼い主であった老夫婦は、相次いで亡くなったと聞いていた俺達には身につまされるような光景であった。
『ご用があって、少し遠くに行っているんです』
『ここの奴らだって皆良い奴で、家族だろ』
俺達の語りかけに、老犬は何か考えているようだった。

『ココハ、人モ犬モ、出入リガ激シイ
 ソレデモ、家族…ダナ
 タダ、オラガ、側ニ居テモライタイノハ、トウチャン、ト、カアチャン、ダ』
その切ない気持ちは、俺と皆野がずっと感じていたことだった。
『ミドリ先生が貴方を保護したとき、里親を探さず終生ここで世話しようとスタッフと話し合ったそうです
 ここのスタッフ達は、皆貴方のことを大事に思っている新しい飼い主です
 元の飼い主さんだって遠くにいても貴方のことを愛しています
 いずれ会うことも出来るでしょう』
『新しい飼い主がいるのも最高なんだ
 俺達にも新しい飼い主が出来そうなんだぜ
 前の飼い主を忘れた訳じゃない、でも、今は新しい飼い主との絆を深めたい』
俺は遠くを走っているチカに視線を向けた。

『新シイ、飼イ主、カ…』
老犬は後ろにある犬舎を振り返って見ている。
白内障が進んで白濁した目には何も映っていないかもしれないが、ミドリ先生が俺達に手を振ると老犬も微かに尻尾を振っていた。
「和泉が作ってくれたチャンス、無駄には出来ないな」
「頑張りましょう」
新たな飼い主に心を開き始めた老犬を見て、俺達は頷きあうのであった。
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