しっぽや5(go)

□古き双璧〈7〉
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「皆野、どうしてるかな…」
思わず呟いてしまった俺の言葉に、近戸が反応する。
「スマホに連絡来てないの?」
そう聞かれて、俺はやっとその存在を思い出した。
今までそんなものに頼らなくたって、皆野の状況はわかっていたからだ。
慌ててスマホを取り出し確認すると短いメールが入っていた。

『遠野と一緒に捜索します』

「ん?遠野?誰と一緒に捜索してるって?」
意味が分からず首をひねる俺に
「遠野?俺の双子のアニキだよ
 その皆野さんって人と一緒に捜索してるの?
 だってあいつ、午後から外せない講義があるって言ってたのに
 まさか、あの真面目なアニキがサボったのか?
 明日は嵐になるんじゃないか?」
スマホをのぞき込んできた近戸が、ビックリしながら教えてくれた。
「俺達も近辺をかなり歩き回って探してたのに、よくバッティングしなかったな」
近戸は不思議がっていたが、俺は白パンの誘導に違いないと確信していた。
俺が進んでいた方向は、微かながら白パンの気配を追える場所だったからだ。
完全室内飼いだったのに脱走して何日か歩き回っただけで、白パンは近所の地理を完璧に把握していた。
人間の体だと通れない場所も猫なら難なく行けるから、俺の先回りをすることは容易いだろう。
『こいつ本気で頭良いな、猫って長く生きるとここまでの存在になれるんだ』
今回の捜索対象は難敵だ、と俺は改めて気を引き締めた。

「やっぱり、皆野と合流して挟み撃ち狙わないと無理かもしれない
 これからは白パンと一緒に皆野も探して良い?
 スマホは電源切ってるから、使えないんだ
 前にあとちょっとで捕獲、ってところで間違い電話掛かってきてバイブの振動に驚いた猫に逃げられた事があってさ
 なるべく捜索中は電源切るようにしてるんだよ
 犬の捜索だと、そこまで神経質にならなくても良いみたいだけどね」
俺の言葉に
「その皆野さんってアニキと一緒に居るんだろ
 もしかしたらアニキは電源切ってなくて、電話繋がるかも
 ちょっと試してみる
 もし大事な場面で白パン逃げちゃったら、平謝りだけどな」
近戸はそう言ってスマホを取り出して電話をかけ始めた。

「あ、アニキ?え?何で母さんが出てんの?アニキは?」
近戸は直ぐに通話を終え
「アニキ、充電器にスマホさしっぱで出かけたらしい
 完璧なアニキがスマホ持たずに外に出るとか、今回のあいつ、本当に何やってんだ?」
そう言って頭を抱えてしまった。
白パンの気配を探すより、皆野の気配を探す方が俺にとってなじみ深く簡単なことだ。
スマホで連絡が取れなくても、何の問題もなかった。
「そろそろ出よう、今度はもっと慎重に探ってみる
 ちょっと不審な動き方しちゃうかもしれないけど、気にしないで
 企業秘密だから」
俺はグラスに残っていたアイスオレンジティーを飲み干して、伝票を手にする。
近戸もグラスのアイスオレンジティーを同じように飲み干すと、俺の手元の伝票に視線をやり
「白パンが見つかってから会ったときは、俺に払わせてよ
 個人的に会う時は、経費じゃ落ちないだろ?
 ファミレスじゃなく、もっとちゃんとした店、調べとくから」
少し赤くなりながら、照れくさそうにそう言ってくれた。
この依頼が達成しても近戸に会える、それは俺にパワーを与えてくれる言葉だった。

「特別なお店じゃなく、いつも近戸が行く店で、近戸の好きな物を教えてもらって食べてみたい
 一緒の体験がしたいんだ
 きっとそれだけでうんと楽しくて、凄く美味しく感じるよ」
俺の言葉に近戸は驚いていたようだけど、直ぐに笑顔になって
「わかった、もう少し先に定食が美味い和食系の手軽な店があるんだ
 次はそこに行ってみよう」
そう誘ってくれる。
「うん!」
近戸との約束は、心を照らす明かりのように胸の中で煌めいて、あれだけ深かった闇が消えていくのを感じていた。


店を出ると、今度は白パンの気配とともに皆野の気配を探す。
絆の強い俺達にとって、同じ町の中でならいつも相手のことが手に取るようにわかっていた。
しかし今日は気配の手応えがなく、上手く読み取れなかった。
『白パンの気配に集中してるのか、腕が痛くて気が散ってるのか
 と言うか飼って欲しい人間が側にいるんだ、どうしたって気が散るよな』
俺は近戸と歩いている自分に当てはめて、そう結論する。
それでも皆野の気配に集中して歩いていると、やっと気配のしっぽを捉えた。
『皆野、今回の捜索対象はかなり頭が良くて老獪だ
 裏をかいて挟み撃ちを狙おう、じゃないと、確保できない
 皆野、皆野?』
どれだけ想念を送っても皆野からの返事は来ず、直ぐにその気配が消えていった。

『拒絶された?!』

それは魂が2分されるような痛みと悲しみ、果てしない混乱をもたらした。
しかし考えてみれば、俺も先ほどまで皆野を拒絶していたのだ。
やっと、自分のしてしまったことが皆野にとってどれだけ酷いことだったかを思い知るのだった。
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