しっぽや5(go)

□古き双璧〈7〉
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「え?俺もって…?近戸も双子なの?」
お揃いだと言うことを嬉しがる余裕もないほど、俺はビックリしていた。
「うん、アニキがそのミナノさん?を出迎えたんだと思う
 何か、凄く楽しそうに話してたから邪魔しちゃ悪いかなって思って、声、かけられなかった
 いや、ちょっと嫉妬してたんだ
 だって、明戸に会ったのは俺の方が先なのに、何でアニキと話してる方が嬉しそうなんだろうって
 あの人のこと、明戸だとばっかり思ってたから
 俺、格好悪くて嫌になるな、アニキは同じ顔だけど完璧なのにさ
 何やったって、アニキには適わないんだ」
近戸が吐き出した闇は、俺と同じ闇だった。

「皆野も俺と同じ顔で、優しくて料理が上手で、皆に好かれてて完璧だよ
 俺、絶対、近戸は皆野の方を気に入ると思ってた
 だから皆野を近戸に会わせたくなかった、近戸を盗られると思ったから
 皆野が居たら、俺が近戸と一緒に居られなくなると思って
 俺だって…近戸のこと好きなのに…」
涙で言葉がつまってしまった。
昼を大幅に過ぎていて空いているとはいえ、人目のあるファミレス店内で涙を流す俺は一緒の席に座る近戸の迷惑にしかならない存在だ。
そう思っても涙が後から後から出てきてしまう。
自分でも悲しいのか嬉しいのか怒ってるのか安堵したのか、何がなんだかわからない理由で出ている涙だった。
近戸はそんな俺に、ブルーのハンカチを渡してくれた。

「使って、明戸のネクタイとお揃いだと思って持ってきてたんだ
 俺は自分が完璧じゃないから、完璧な人は荷が重いよ
 完璧じゃない明戸が好きだ
 白パンの捜索が終わっても、付き合いを終わらせたくない
 その後も、付き合ってくれるかな」
近戸の告白に俺はさらに涙を流し、彼の温かな気配がするハンカチに顔を埋めて泣き続けた。
返事を返すことができず泣きながらただ頷くだけの俺を、近戸は優しく見つめていてくれた。
皆野ではなく俺を俺として、見つめてくれるのだった。


しばらく泣いてスッキリすると、俺は急激に自分の行動が恥ずかしくなってきた。
涙と一緒にずっと不安を感じていた心の闇も流れていったようだ。
『近戸が、俺のこと「好き」って言ってくれた
 皆野じゃなく、俺とこれからも付き合いたいって言ってくれた』
それがどれほど俺に元気を与えるか、近戸は知っているのだろうか。
「ハンカチありがと、ちゃんと洗って返すね」
俺の涙と鼻水で湿ってしまったハンカチを、上着のポケットに仕舞う。
「これを返しに、また来れるんだね」
「うん、また会おう、理由が無くても会おう」
俺達は見つめ合って、照れたように笑いあった。
「せっかくのご飯、冷めちゃった」
「冷めてても、2人で食べれば美味しいよ」
近戸の言葉通り、冷めたヒレカツ丼はとても美味しかった。
猫であることや飼ってもらいたいことを伝えられてはいなかったが、彼に受け入れられただけで今の俺には十分な成果だった。

運ばれてきたデザートのクリームをスプーンですくって口にする。
「美味しい」
思わず笑顔になる俺を、近戸は微笑みながら見てくれた。
「疲れてると甘いものが体に染みてくみたいに美味しいんだよな
 部活の後とか、コンビニでアイス買って食べると格別でさ
 冬はチョコとかアンマンにお世話になったっけ」
近戸もチョコの部分を食べてニッコリ笑う。
「追加で何か甘いもの頼む?ここ、パンケーキも美味しいよ」
近戸に見せてもらったメニューの写真は、確かに美味しそうだった。
「美味しそう、でもそろそろお腹いっぱいになってきたかも」
そう言いながら未練たらしくメニューを眺める俺に
「それじゃ、1個頼んで半分こしようか」
近戸はステキな提案をしてくれる。
飼い主が食べているものを分けてもらえるのは、俺達獣にとってとても嬉しいことなのだ。
「うん!」
俺は幸せの中、頷くのだった。


近戸とパンケーキを分け合い、やっと人心地がついてきた。
同時に気になることも出てくる。
「近戸が見た皆野、お兄さんと話してて嬉しそうだったの?」
そう聞くと
「ああ、ちょっとうっとりしてると言うか、陶然としていたと言うか
 明戸じゃなくて、本当に良かった」
近戸は胸をなで下ろしていた。
『皆野のあの反応、飼って欲しい人に対する反応だった
 と言うことは、近戸の家にいたお兄さんの気配に反応していたのか
 近戸への反応じゃなくて、本当に良かった』
俺も思いっきり胸をなで下ろした。
考えてみれば俺達は同じ魂の片割れでありながら『あのお方』として慕っていたのは違う人だった。
『あのお方』たちは夫婦という近しい人たちだったけど、同一人物ではない。
今回は双子の兄弟と言う近しい関係の人間たちに心をひかれたようだ。

車から降りて強引に分かれてから、皆野とは連絡を取っていない。
気配も読まないよう拒絶していたので、1人で上手く捜索できているかもわからなかった。
まだ腕の痛みもあり気配を察知しきれないだろう皆野のことが、心配になってくる。
俺は自分が近戸に求められた安心感で心に余裕が生まれていた。
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